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乳癌検診における過剰診断に対する病理学からの考え方

No.4753 (2015年05月30日発行) P.59

森谷卓也 (川崎医科大学病理学2教授)

登録日: 2015-05-30

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

画像診断技術の向上によって,さらに早期の段階で乳癌を発見・治療することが可能となりました。その一方で,死亡率減少を目指して検診を行っているにもかかわらず,実際には生命予後に関与しない成長の遅い乳癌を発見・治療しているのではないか(過剰診断を行っている)という議論があります。
乳癌検診における過剰診断の考え方とその取り扱い,治療について,乳腺病理学の見地から,川崎医科大学・森谷卓也先生のご教示をお願いします。
【質問者】
鈴木昭彦:東北大学大学院医学系研究科 乳癌画像診断学寄附講座准教授

【A】

癌検診は,癌を早期に発見して適切な治療を行い,救命効果に結びつけることが第一義の目的です。また,前癌のうちに病変の診断を下し,癌にならないうちに予防ができるのであれば,さらに救命が得られるだろうと推測されます。たとえば子宮頸癌検診の場合は,ほぼ全例がヒトパピローマウイルス感染に起因し,前癌病変を経て癌に至る自然史が明らかにされています。たとえ癌になっても,転移能のない上皮内癌の状態であれば,円錐切除によって治癒が十分に期待できます。
一方,乳癌の場合には癌の原因が不明であり,前癌の存在や癌発生の自然史が十分に解明されていません。すなわち,異型上皮病巣のほとんど,および低異型度の非浸潤癌までは,ひとくくりに癌発生の「リスク」ととらえられており,それ自体が浸潤癌に進展するという直接的な証拠は得られていません。また,非浸潤癌が浸潤癌に進行する確率やそのスピードは,グレードやコメド壊死などに影響されると理解されていますので,同じステージの病変であっても,生命予後への影響は症例によって様々であると考えられます。さらに,乳癌では非浸潤癌であっても乳房内で広範に進展している例があり,病巣のサイズと癌のステージとが必ずしも連動していない場合が見受けられます。
癌検診における過剰診断は,生命予後に影響を及ぼさない癌を発見してしまうことですが,乳癌の場合には,発見された前癌や非浸潤癌を放置した場合にどの程度生命に影響があるのか,正確に評価された研究成果はほとんど得られていません。また,非浸潤癌をすべて手術で切除してしまえばその病巣自体が生命を脅かすことはなくなりますが,症例によっては乳房全摘までもが必要になってしまいます。一方,小さな非浸潤癌や,浸潤径の小さい早期癌であっても,グレードそのほかの病理因子によっては生命予後に大きな影響を与えうるものと考えられます。乳房温存療法の導入時に議論がなされたように,局所病巣と全身病としての乳癌の特徴を区別して把握しなければなりません。
このように,乳癌においては,前癌や早期癌(特に非浸潤癌)を画一的にとらえて過剰診断を論じることには限界があります。癌と診断された後の補助療法選択がそうであるように,検診時の病理診断においても,個別評価が必要ではないかとも考えますが,そのためのエビデンスはまだ十分とは言えません。
検診発見病変の病理像における予後推定因子は何か,といった観点から,さらなる研究を進めていく必要があると思われます。また,非浸潤癌や低悪性度病巣の自然史や予後が明らかになれば,前立腺癌がそうであるように,年齢により発見された癌への対処法が変わるような状況が生まれてくるかもしれません。

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