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アルコール使用障害に対する 「断酒を目的とした治療」の適応

No.4775 (2015年10月31日発行) P.62

杠 岳文 (国立病院機構肥前精神医療センター院長)

登録日: 2015-10-31

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

米国精神医学会の精神疾患の診断基準がDSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,5th edition)に改定され,従来の「アルコール乱用」と「アルコール依存」が統合されて,「アルコール使用障害」となりました。
これまでも臨床の現場では,アルコール問題のある人にどれくらい重症になったら(あるいはどのようなタイプの人に)酒量を減らす「節酒」ではなく,「断酒」を勧めたほうがよいのか,迷う場面がありました。アルコール使用障害の人への「断酒を目的とした治療」の適応について(あるいは,「節酒を目的とした治療」の適応について),国立病院機構肥前精神医療センター・杠岳文先生のご教示をお願いします。
【質問者】
澤山 透:北里大学医学部精神科講師

【A】

[1]アルコール医療の現状
わが国のアルコール医療は,これまで長く主に精神科病院で断酒を唯一の治療目標として行われてきましたが,2013年の全国調査で109万人と推計されたアルコール依存症患者のうち,アルコール依存症の診断で実際に治療を受けている人は,厚生労働省の患者調査によると約4万人にすぎません。この4万人の患者は,おそらくアルコール依存症患者の中でも特に重症か,動機づけの強い患者と思われます。精神科病院の敷居の高さと,多くの早期のアルコール依存症患者あるいは大半のアルコール使用障害患者にとっての「断酒」という治療目標のハードルの高さが,患者を治療の場から遠ざけていると推測されます。
[2]効果的な治療目標の設定
アルコール依存症患者が断酒を決意するのは,通常自身の体験の中から節酒がもはや不可能で,飲酒のコントロールができないということを受け入れてからになります。こうした点から,介入や治療への導入のタイミングを早めるため,節酒(飲酒量低減)を治療目標に加えることも有効と考えられます。
これまでは,患者に断酒と節酒のいずれかの選択を迫り,節酒を希望すれば「底つき」が足りないと治療が中断されたり,治療の場から排除されることも時にみられました。まずはクライアント自身の意向を確認し,それを尊重する治療者の姿勢が患者を治療に導き,治療関係を長く維持する上でも重要です。もし,クライアントがまずは節酒を希望するのであれば,当面の治療目標を節酒として治療を開始し,節酒をしながら生活や健康を維持することが難しいことをクライアント自らが受け入れた時点で断酒に切り替えるというのが理想的です。
一方,治療者がアルコール使用障害患者にとって断酒が最も好ましい治療目標であり,特に重症のアルコール使用障害では早期の専門治療への導入と断酒が望ましいという視点から患者を動機づけすることは大切です。時間をかけた動機づけにもかかわらず,重症のアルコール依存症患者が治療者の望む断酒ではなく節酒を望んだ場合でも,カウンセリングを継続し,少しでもリスクの低い飲酒をめざして治療関係を維持していくことが重要と言えるでしょう。
このように「節酒から介入を始めるアルコール医療」が唱えられる背景には,ハームリダクション,節酒指導のブリーフインターベンション技法の発展,その効果についてのエビデンスの蓄積といったものがあります。前述のように,基本的には断酒か節酒かはクライアント自身が選択するものです。こうした考え方は,従来のアルコール医療の治療戦略と必ずしも相対するものではありません。
これまでの治療対象が,断酒治療を受け入れることのできたアルコール依存症患者群(1)とすれば,新たな治療戦略では断酒はできないが当面節酒であれば治療関係を維持できる群(2)を治療の対象に加えて最終的に断酒に導きます。さらに,どうしても断酒できない群(3)に対して,自他の健康被害のリスクをいくらかでも低減するための介入を行うことになります。従来のアルコール医療が対象としてきた(1)に,(2)と(3)を加えていくと考えて頂ければよいでしょう。

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