【Q】
日常診療で上腹部痛,背部痛を有する場合,慢性膵炎を疑うべき症例があります。現在,診断基準には「早期慢性膵炎」が定義されていますが,その診断法と具体的な治療方法について,福島県立医科大学会津医療センター・入澤篤志先生のご教示をお願いします。
【質問者】
花田敬士:JA尾道総合病院消化器内科診療部長
【A】
「早期慢性膵炎」は,「慢性膵炎臨床診断基準2009」で世界に先駆けて導入された概念です。本診断基準に基づいた早期からの医療介入により,慢性膵炎患者の予後を改善させる可能性が期待されています。
[1]診断法
診断には,以下の4項目のうち2項目以上を満たし,早期慢性膵炎の特徴的な画像所見を呈することが求められています。
(1)反復する上腹部痛〔消化管に起因する腹痛の除外のために,上部消化管内視鏡検査や胃食道逆流症(gastroesophageal reflux disease:GE
RD)除外のためのプロトンポンプ阻害薬(proton pump inhibitor:PPI)の試験投与を行うこともあります〕
(2)血中・尿中膵酵素値の異常(「血中膵酵素が連続して複数回にわたり上昇あるいは低下,もしくは尿中膵酵素が連続して複数回にわたり上昇」とされているため注意が必要です)
(3)外分泌障害(BT-PABA[注]試験は偽陰性・偽陽性が多く,確実な再現性を求めるために「明らかな低下を複数回認める」こととされています)
(4)1日80g以上の飲酒歴(女性は男性に比してアルコールによる膵障害は起きやすいとされており,反復する上腹部痛を訴える女性の場合は,飲酒量が1日80gでなくとも早期慢性膵炎も念頭に置いて診療にあたることは重要と考えています)。
画像は超音波内視鏡(endoscopic ultrasonography:EUS)または内視鏡的逆行性胆道膵管造影(endoscopic retrograde cholangiopancreatography:ERCP)での異常所見とされていますが,早期慢性膵炎を診断するために,術後急性膵炎発症のリスクがあるERCPを施行することはほとんどありません。一方,EUSは胃や十二指腸を介した至近距離から高解像度で膵臓を観察するため,膵実質や膵管の微細な変化を的確にとらえることができます。侵襲性も低く,現在ではEUSによる画像診断が汎用されています(詳細な画像所見は成書をご参照下さい)。なお,体表からの超音波検査やCTでは早期慢性膵炎の特徴的な画像の描出は困難なことが多いため,早期慢性膵炎診断の検査法からは除外されています。
[2]治療法
現時点で早期慢性膵炎に対する特異的な治療法はありませんが,その対応で最も重要なことは原因の排除です。アルコールだけではなく,喫煙や過度のカフェイン,香辛料摂取も慢性膵炎の明らかな増悪因子ですので,これら生活習慣の改善指導が第一です。なお,症状を有する場合は,通常の慢性膵炎に対する治療としての蛋白分解酵素阻害薬や制酸薬の投与を行ってみるのもよいと思います。また,膵外分泌補充療法(パンクレリパーゼなど)により経時的にEUS所見が軽くなった症例の経験があります。この点は今後の検討を待ちたいと思います。
私が日常診療で心がけていることは,(1)原因が同定ができない反復する上腹部痛を訴える患者には,早期慢性膵炎の可能性を考えて精査を勧める,(2)アルコール多飲者や膵酵素異常を指摘された患者には症状がなくともEUSでの精査を勧める,この2点です。このようなことを念頭に置いて消化器診療にあたることにより,早期慢性膵炎の診断はできなくとも早期慢性膵炎疑いの患者を拾い上げることはできると考えています。
[注]N-ベンゾイル-L-チロシル-p-アミノ安息香酸(N-benzoyl-L-tyrosyl-p-aminobenzoic acid)