【Q】
膵石症は慢性膵炎における重要な合併症の1つですが,腹痛を訴えたり膵内外分泌機能低下を示す患者がいる一方で,膵石が偶然に発見され何も症状の訴えのない患者に遭遇するときもあります。このような無症候性膵石患者に対する対応(行うべき検査,経過観察期間,治療導入判断,具体的な治療法など)について,東京医科大学・糸井隆夫先生のご教示をお願いします。
【質問者】
入澤篤志:福島県立医科大学会津医療センター 消化器内科学講座教授
【A】
「膵石症の内視鏡治療ガイドライン2014」では,疼痛のある膵石症に対して内科的保存療法,あるいは体外衝撃波結石破砕術(extracorporeal shock wave lithotripsy:ESWL),内視鏡治療や外科治療などの侵襲的治療を行うことが推奨されています。その一方で,治療フローチャートの中でいわゆる無症候性膵石症に関しては,「疼痛のない症例は経過観察あるいは従来の内科的保存療法などによる治療を行うが,疼痛のない症例でも,膵実質の萎縮を認めず膵石が主膵管に嵌頓している場合は,膵機能改善のために治療を行うことがある」と記載されています。実際,多くの症状は膵管内圧の上昇によって起こるため,膵石が膵管内に存在する場合と膵実質に存在する場合とでは当然,症状発現の頻度が異なることが予想されます。
いずれにしても,ここで問題となるのは,無症候性膵石症が経過観察中にどれくらいの頻度で有症状化するかですが,膵石の存在部位も含めて無症候性膵石症の長期成績に関してはこれまでよくわかっていないのが実情です。したがって当科でも,膵実質の萎縮を認めず膵石が主膵管に嵌頓している場合で,特に尾側膵管が拡張している症例では,膵炎予防および膵機能改善のために侵襲的治療を行っています。
治療の基本は嵌頓結石の除去であり,ESWLと内視鏡的膵石除去術を適宜組み合わせて行っています。膵管内の治療困難な結石に対しては,膵管内圧の減圧を目的に膵管ステント留置の定期交換のみを行う場合もあります。一方,尾側の膵萎縮が著明な症例や膵実質に存在する膵石では,多発していても有症状化することは稀であり,経過観察としている場合がほとんどです。
膵臓の機能には,アミラーゼなどの膵酵素を十二指腸乳頭から排出する外分泌機能と,インスリンなどのホルモンを血中に分泌する内分泌機能があります。前述した侵襲的な治療は,膵炎の予防以外に膵機能の改善を目的にしますが,ここで注意しなければならないのは,多くの場合,膵石除去により膵液(いわゆる外分泌)流出障害は改善されますが,内分泌機能の改善に関しては一定の見解が得られていないことです。特に,膵石症を伴う多くの症例は慢性膵炎であり,萎縮が高度な症例が多く,侵襲的な治療を行うにあたっては,benefit and harmに関して十分な説明が必要と考えられます。
臨床上最も問題となるのが,膵石症と膵癌との関係です。これに関しても単施設からの少数例の報告が大部分であり,膵石症における発癌経路の解明はなされていないのが現状です。また,これまでの報告も膵管内の結石と膵実質の膵石(石灰化)との区別や,癌の発生場所が膵石近傍なのか頭側あるいは尾側の離れた場所にあるのかなどの詳細な検討は行われていません。しかし,理論的には,胆嚢結石と胆嚢癌の関係のように,結石による機械的刺激と膵酵素などによる化学的刺激が膵管上皮に慢性炎症を起こすことは想像に難くありません。ちなみに,わが国で比較的多数例の膵石症を扱っている施設からの報告(文献1)では,膵石症でフォローした症例の年率発癌は0.9%で,健常人に対する膵癌の危険度は約27倍とされています。興味深いことに,膵癌全体の中で膵石症は約5%を占めており,癌の発生部位の多くは膵石近傍であり,膵炎歴のない無症候性膵石症が比較的多くみられています。当科でも無症候性膵石症の経過観察例で,膵発癌を認めた症例を経験しておりますが,多くは膵頭部で多発結石(膵管内,膵実質内ともに)でした。
以上より,当科では侵襲的治療を行わない経過観察例では,膵癌の早期発見を目的に腫瘍マーカーを含む採血を3カ月の診察ごと,腹部エコーを半年ごと(膵石が多数ある場合はあまり有用ではありません),造影CTと造影MRIを1年ごと交互に行っています。患者の中にはもっと短期間でのフォローを希望する場合もありますが,その場合には人間ドックなどの自費診療でのフォローをお願いしています。
1) 笹平直樹, 他:肝・胆・膵. 2009;58(4):531-9.