Tさんは、私が1993年に在宅医療を始めた時から診察している患者だ。私が担当する初めての進行したALSで、当時まだ珍しかった在宅人工呼吸器での療養をされている方だった。表情に乏しく、動くのは頰とまぶたのみ。研修医の私は、何を話せばいいのかもわからず、何となく怖かったことを覚えている。
当時、Tさんの介護は家族のみで担っていた。介護保険施行前で、Tさんの自宅がある市町村には、ホームヘルパーは社会福祉協議会に数人いるだけ。家族は24時間の介護を強いられていた。在宅医療における生活支援の重要さを実感した私は、病院長らに相談して2級ヘルパー養成講座を始めることにした。介護保険施行4年前のことである。_
家族の要望もあり、当時できたばかりのヘルパーステーションの所長の英断で、Tさんの吸引をヘルパーでやってみようということになった。市の担当者や保健所の保健師も協力してくれた。訪問看護師や保健師が教え、その後はTさんと家族が積極的にヘルパーの教育に協力してくれた。Tさんの奥様も、自宅はヘルパーに任せてダンスを楽しめるほどにまでなっていった。
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