【Q】
アルツハイマー型認知症に関して,以下をご教示下さい。
(1) アミロイド蛋白,タウ蛋白は健常者にも存在しますか。存在するとすれば,どのような役割・蓄積機序なのでしょうか。また,脳細胞の髄鞘や神経線維にも蓄積しますか。
(2) 免疫療法でアミロイド蛋白,タウ蛋白を除去できた場合,細胞の糖代謝は除去前と除去後でどのような変化がありますか。
(3) アルツハイマー型認知症の細胞研究において,糖代謝機能を正常化させることで細胞機能が変化することが示された動物実験などの報告はありますか。また,認知症患者に対してインスリンによる脳の糖代謝変化をみた実験はありますか。
(4) 今後,アルツハイマー病研究はどのような物質,細胞の変化に着目して進められていくのでしょうか。 (群馬県 E)
【A】
(1)アミロイド蛋白,タウ蛋白の機能と蓄積 機序・蓄積箇所
アミロイド蛋白,タウ蛋白は健常者にも存在する生理的な蛋白質です。
アミロイド蛋白は,前駆体となるアミロイド前駆体蛋白から酵素により切り出されることで産生されますが,その生理機能は,いまだ明らかになっていません。タウ蛋白は神経細胞の軸索に存在する微小管の安定化に寄与しており,神経機能の維持に関与すると考えられています。
アミロイド蛋白やタウ蛋白がどのようなメカニズムで蓄積されているのかも含め,いまだ不明な点が多くあります。
アルツハイマー病の脳でこれら蛋白が蓄積する箇所についてですが,アミロイド蛋白は神経細胞の外・脳実質に,Braakら(文献1) の分類にみられるように髄鞘も含めて広く蓄積しています。タウ蛋白は神経細胞内に蓄積しており,神経線維(軸索)内にも蓄積しています。
(2)アミロイド蛋白,タウ蛋白除去後の代謝変化
アルツハイマー病患者に対してFDG-PETを行うと,後部帯状回などの特定部位において,糖代謝が低下していることが明らかになってきました。しかし,なぜこのように部位特異的な糖代謝の異常が起こるかは明らかにされていません。
また,この糖代謝異常がアミロイド蛋白やタウ蛋白の蓄積を原因として誘導されているのかも明確ではないため,仮にこれら蓄積している原因蛋白質を除去できたとしても,糖代謝が変化するか否かはまだ研究段階です。
(3)アルツハイマー病患者の代謝変化に関する 実験の現状
(2)にも関連することですが,アルツハイマー病における糖代謝異常の原因や分子メカニズムが明らかになっておらず,糖代謝機能に着目したアルツハイマー病研究は,まさに現在進行中です。ただ,糖代謝はミトコンドリアの機能と直結しており,アルツハイマー病のモデルマウスに神経幹細胞を移植する実験などで,ミトコンドリア機能が回復したなどの報告があります(文献2)。また,認知症患者に対してインスリンを投与する臨床的予備試験も行われており(文献3),今後の長期的な臨床試験の結果が待たれます。
(4)アルツハイマー病研究の今後
アルツハイマー病の治療としては,いまだに対症療法しかなく,根本的な予防・治療法の確立が急務です。そのためには,病気発症の分子メカニズムを一刻も早く解明する必要があります。
病理学的にも遺伝学的にもアミロイド蛋白の蓄積からタウ蛋白の蓄積へ進み,神経細胞の変性・死へとつながる病理カスケードが存在していると考えられており,今後はこのカスケードのメカニズム解明が最重要課題です。
これまでの臨床研究から得られた知見では,アルツハイマー病が発症したときには,既に神経細胞が死んで脳の萎縮が進行しているため,発症後に臨床試験を開始しても手遅れであると考えられ,いかにして病気の進行をくい止めるかが重要となります。
iPS細胞などにより,死んだ神経細胞の代わりに新しい神経細胞を補充する方法も研究が進められています。しかし,新しい記憶の保持には効果があるかもしれませんが,神経細胞を補充しても一度失った記憶が戻るのは難しいと考えられます。そのため,発症前からの予防法の確立と,早期診断や治療効果の指標となるサロゲートマーカーの同定も重要な課題です。
また,アルツハイマー病の脳では,正常の脳の老化よりも老化状態が早く進行しているとも考えられることから,抗酸化薬や抗炎症薬などで進行をある程度抑制できるのではないか,とする細胞レベルでの老化抑制の研究も進んでおり,その結果が待たれます。
【文献】
1) Braak H, et al:Acta Neuropathol. 1991;82(4):239-59.
2) Zhang W, et al:Neurobiol Aging. 2015;36(3):1282-92.
3) Craft S, et al:Arch Neurol. 2012;69(1):29-38.