【Q】
催眠作用や抗不安作用は,GABA(γ-aminobutyric acid)受容体を構成するサブユニットと,それらの間にある薬物結合部位に薬物が結合し,どのサブユニットを刺激するかによって異なると聞きました。最終的には塩素イオン(Cl-)が流入することにより作用を現すと言われています。刺激するサブユニットの違いは,その後の作用を現すにあたって,Cl-の流入以外にどのような動きをみせて,異なった作用を現すのでしょうか。 (岐阜県 K)
【A】
GABA受容体はリガンド作動型Cl-チャネルであるGABAA受容体とG蛋白質共役型でK+チャネルを開口するGABAB受容体に大別されますが,ご質問はGABAA受容体に関するものですので,それについてお答えします。
GABAA受容体は,α1-6,β1-3,γ1-3,ρ1-3,イプシロン,δ,θ,πの全部で19種類のサブユニットが知られ,ほとんどはαサブユニット2つ,βサブユニット2つ,γ,イプシロン,δ,πのうち1つで構成されるヘテロ5量体です。GABAや種々のGABAA受容体作動薬は,この5量体の各々異なった部位に結合することが知られており,それだけ多くの結合部位が存在します。最も一般的なサブユニット構成はα1-β2-γ2ですが,脳の部位や年齢などによってこのサブユニット構成が異なってきます。
したがって,刺激するサブユニット(結合部位)が違うと,作用する脳の部位も異なることになり,薬理作用としても異なったものとなると考えられます。たとえば,δやα5を含む受容体はシナプス外に存在しています。これらは,シナプスから漏れ出した低濃度のGABAに高い親和性を持ち,かつ脱感作もほとんどないので持続的に活性化されます。この働きはトニック作用と呼ばれています。
また,当然ながらサブユニット構成の違いでCl-チャネルの特性そのものが異なってきます。すなわち,Cl- の透過性(電流の大きさ),イオン選択性(ほかの陰イオン,特に細胞外で濃度の高いHCO3-の透過性は無視できません),アゴニスト親和性,脱感作,開口確率,開口時間や温度依存性(特にγサブユニット)などに違いが出てきます。
GABAA受容体はほかの多くの受容体やチャネル同様に細胞内ドメインにリン酸化部位を持っており,リン酸化状態によって,膜に移行したり,細胞内に隠れたり,あるいはシナプスからシナプス外に拡散したりと,かなりダイナミックに動きます。つまり,リン酸化の状態によっては作用が大きくなったり小さくなったりします。たとえば,プロテインキナーゼAやプロテインキナーゼC,カルシウムカルモデュリンキナーゼⅡによるβ1-3やγ2の特定部位のリン酸化やカルシニューリンによる脱リン酸化がGABAA受容体の細胞膜/細胞内あるいはシナプス後膜/シナプス外の局在を変化させ,GABA作用を変化させます。また,この受容体の膜移行は温度の影響を受けやすいことから熱性痙攣と関係しているとも言われています。そのほか,脳内に存在する神経ステロイドは,GA
BAA受容体作用を増強するアロステリック作用(蛋白質の機能を調整する)があることが知られていますが,女性の月経周期や妊娠に関連した精神神経症状の変化の原因としてプロゲステロン濃度の変化なども考えられています。
ところで,GABAA受容体チャネルを透過するCl-は,電気化学勾配に従い(Cl-の平衡電位に向かって)受動的に流れますが,マイナスの静止膜電位による外向きの電気勾配があるので,もし細胞内Cl-濃度が高くなり化学勾配が電気勾配よりも低くなると,電気化学勾配は逆転し,Cl-は細胞内から細胞外へ流出して膜電位を脱分極します。神経細胞膜のCl-トランスポーターであり,細胞内から細胞外へCl-を運ぶ排出型のK+─Cl-cotransporter(KCC2)と,逆に細胞外から細胞内にCl-を運ぶ取込型のNa+,K+─2Cl-cotransporter(NKCC1)が細胞内Cl-濃度を発達や病態に伴い変化させますが,それに伴ってGABAA受容体作用も変化します(胎児や新生児,あるいはてんかんの一部では脱分極性)。ただし,この変化はCl-の電気化学勾配の変化によるものなので,サブユニット構成とは無関係に起こります。
▼ 福田敦夫:臨床てんかん学. 兼本浩祐, 他, 編. 医学書院, 2015, p66-71.
▼ Vithlani M, et al:Physiol Rev. 2011;91(3):1009-22.