(高知県 F)
心電図は,体表面に設置した電極を通して心臓の電気的活動を記録したものです。心電図QRS波は,電気的興奮が心室を伝播していく過程を反映し,T波はその消褪過程に対応しています。
心筋細胞は,静止状態では細胞内がマイナスに帯電しています(細胞外と比べて細胞内の電位は-80~-90mV程度:静止電位,図1左)。これは,細胞膜がK+に対する透過性を有していて,細胞内のK+濃度が細胞外よりも高いためです(細胞内K+濃度:140mM程度,細胞外K+濃度:4mM程度)1)。
この静止状態の心筋細胞に隣接する細胞から電気的興奮が伝えられて細胞内電位が浅くなると,細胞膜のNa+チャネル(Na+を選択的に通過させる孔)が開口してNa+が細胞内に流入し,細胞内電位が急速に上昇します(脱分極)。その後,細胞内電位はしばらくの間プラスの電位を保ち続けます。この時相では,Ca2+チャネルを通る内向き電流とK+チャネルによる外向き電流がほぼ釣り合った状態が保たれています。その後,Ca2+チャネル電流が減少する一方,K+チャネル電流が徐々に増大するため,細胞内電位はゆっくりと下降して(再分極),元の静止電位に戻ります。
このような心筋細胞の電気的興奮による細胞内電位の経時的変化を活動電位と呼びます。心筋の電気的興奮は,ギャップ結合を介して隣接した細胞に次々に伝えられ,電気的興奮が心筋組織を伝播していきます。
心電図は,個々の心筋細胞の電気的活動を総合したものであり,その波形は心筋興奮の伝播に基づく起電力ベクトルと心電図を記録する電極との相対的な位置関係により規定されます2)。すなわち,伝播する興奮波を迎える側では上向きの振れが観測され,それを見送る側では下向きの振れを示します。正常の心臓では,心室の興奮は心内膜側から始まって心外膜側へと向かうため,体表面の心電図QRS波は上向きの振れになります(図1右)。
興奮の消褪による起電力ベクトルの向きは,もし心室筋各部位で電気的興奮の持続時間(活動電位持続時間)に差がなければ,興奮の伝播による起電力ベクトルとは逆方向となり,T波はQRS波と逆方向の振れとなるはずです。しかし,正常心電図のT波はQRS波と同方向のことが多く,これは心室の各部で活動電位持続時間に差があることを示しています。
心内膜側の心室筋では,活動電位の再分極にかかわるK+チャネルの発現量が少なく,活動電位持続時間が心外膜側よりも長いことが知られています(心室グラジエント,ventricular gradient)。このため,心内膜側の活動電位再分極は心外膜側よりも遅れ,興奮の消褪に伴う起電力ベクトルの方向は,興奮伝播による起電力ベクトルと同じ方向となり,心電図T波はQRS波と同じ上向きの振れを示します。心尖部と心基部との間の興奮持続時間の較差もT波の形成に関与することが知られています。
心電図T波の変化は,一次性変化と二次性変化にわけられます。一次性変化は,心室グラジエントの変化に基づく心電図ST─T波形の変化で,心筋虚血や心筋梗塞,心肥大などの病態に伴って心室の各部で活動電位持続時間に較差が生じる状態で認められます。一方,二次性変化は,心室興奮伝播の変化に基づくST─T波形変化で,心室期外収縮や脚ブロック,WPW症候群などでみられます。
【文献】
1) 倉智嘉久:心筋細胞イオンチャネル─心臓のリズムと興奮の分子メカニズム. 文光堂, 2000.
2) 森 博愛, 他:徹底解説! 心電図─基礎から臨床まで. 医学出版社, 2015.
【回答者】
本荘晴朗 名古屋大学環境医学研究所生体適応・防御研究部門准教授