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食後の傾眠・だるさの原因は?【多くは食事性低血圧による】

No.4912 (2018年06月16日発行) P.62

伊藤 剛 (北里大学東洋医学総合研究所所長補佐/臨床准教授(漢方鍼灸治療センター副センター長))

登録日: 2018-06-18

最終更新日: 2018-06-12

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食事摂取後,間もなく「体がだるい,横になりたい」「眠い,体をなでてくれ」と言って,5~10分ほど横になった後,「すっきりした」と言って起き上がることができる患者を時折見かけます。
これはどのような機序による症状なのでしょうか。また,どのような疾患が鑑別されなければなりませんか。

(東京都 K)


【回答】

食事摂取後,間もなく身体がだるくなったり,横になりたくなったり,眠くなる症状は健康な人にも多少起こりますが,ひどい場合は意識障害を起こすこともあります。こうした症状の多くは食事性低血圧が原因です。

食事をすると眠くなることは古代ギリシャの頃より知られていましたが,1968年,ボッティチェリ1)によるシャイ・ドレーガー症候群,その後1977年,セイヤー─ハンセン2)によるパーキンソン病での報告がきっかけで食事性低血圧の病態がはっきりと認識されるようになりました。

現在,食事性低血圧の定義は確定されてはいませんが,①食事摂取後1時間以内に平均血圧が20mmHg以上低下,②食事摂取後2時間以内に収縮期血圧が20mmHg以上低下,③収縮期血圧が食前100mmHg以上あった場合に90mmHg以下になる,のどれかに該当する場合を陽性としています3)。しかし,健康者に起こる眠気のように,これらの基準以下でも軽い症状が出ることもあります。

食事性低血圧は,自律神経不全,パーキンソン病,アルツハイマー病,脳血管障害などの神経疾患だけでなく,高血圧,糖尿病,透析,そして高齢などにより起こることも報告されています。また,高血圧に合併する食事性低血圧では,降圧薬・利尿薬使用者に多く,食後2時間以内(30分がピーク)に起こしやすいこと,糖尿病に合併する場合では,糖尿病の重症度や糖尿病性自律神経障害(胃排泄障害など)と密接な関係があること,血液透析患者では,血液透析中の食事,仰臥位より坐位のほうが起こしやすいこと,などが報告されています。もちろん睡眠不足や疲労などがあれば症状が出やすいのは言うまでもありません。しかし高齢者では,食事そのものが,食後の意識障害や転倒とそれに伴う骨折,食後の心筋梗塞・脳梗塞などのリスクファクターとなりうるため,これからの超高齢社会において特に注意が必要です。

こうした食後の倦怠感や意識障害が起こる機序は,食事に伴う内臓血管の血流増加と血管抵抗の低下によって起こる血圧低下と,その血圧低下に対する心拍出量の増加反応の欠如により脳血圧が低下するためと考えられ,その一因として,腸管から分泌されるニューロテンシン(NT)(血圧低下作用)の分泌増加や,高齢者ではソマトスタチン(ST)(血圧維持作用)の分泌低下などの関与が報告されています。

食後の血圧低下を引き起こす直接的主原因は,実は,食物中に含まれる炭水化物(ブドウ糖,アルコール,デンプンなど)と考えられています。それ以外にも過食(暴飲・暴食),高温食摂取,早食いなどが症状を悪化させることがわかっています。起立性低血圧を伴う場合もあるため,食事摂取時の姿勢(立位・坐位),排尿時の姿勢(立位),入浴時などにも注意が必要とされています。

こうした食事性低血圧の予防としてコーヒー(カフェイン)が有効であるとの報告や,一部にはソマトスタチンが有効との報告もありますが,確実性のある予防薬や治療薬はまだありませんので,とりあえず炭水化物の摂取量を控えることが必要と思われます。

わが国では食後眠くなる現象は,江戸時代中期(ボッティチェリの報告より200年以上前)に津田玄仙という医師が『療治経験筆記』4)により,食後の眠気や全身や手足の倦怠感,熱感,頭重感,悶えなどの症状を「食後佳眠倦怠」という症候として報告しています。そこには食直後に手足や全身の倦怠感と眠気が出る者は,脾胃(消化器機能)が弱っているため,六君子湯や香砂六君子湯がよく,食後に頭重,頭痛,胸苦しさなどの症状を伴い眠たくなる場合には半夏白朮天麻湯がよいと記載されています。

江戸時代に,食事性低血圧の病態への消化器機能や脳腸相関の関与が推察され,その治療まで記載されていたことは驚くべきことです5)。最近では糖尿病に合併した食事性低血圧に補中益気湯が有効であるとの報告6)もされました。高齢者の食事性低血圧に漢方薬を用いることも考慮すべきだと思います。

【文献】

1) Botticelli JT, et al:Circulation. 1968;38(5): 870-9.

2) Seyer-Hansen K:Br Med J. 1977;2(6097):1262.

3) 高橋 昭, 監, 長谷川康博, 他, 編:知っていますか? 食事性低血圧 新たな血圧異常の臨床. 南山堂, 2004.

4) 津田玄仙:療治経験筆記. 近世漢方医学書集成73. 大塚敬節, 他, 編. 名著出版, 1983, p196-7.

5) 伊藤 剛:自律神経. 2011;48(4):335-7.

6) Arishima T, et al:J Tradition Med. 2005;22(6): 329-31.

【回答者】

伊藤 剛 北里大学東洋医学総合研究所所長補佐/臨床准教授(漢方鍼灸治療センター副センター長)

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