「先生、わたしのこと覚えていますか?ほら、この写真」。自院を開院して3年が経ったある日、初診の82歳のMさんが診察室に入ってきたときの第一声だった。その写真は、約20年前、東京女子医大病院循環器内科の研修医1年目の私と、Mさんの写真で、すぐに思い出した。Mさんは医師となって初めて担当した患者さんだった。心臓の僧房弁と大動脈弁の両弁の機能不全があり、人工弁置換術が施行された。写真は、その退院前の記念写真であった。
心臓人工弁置換術により、症状が軽快、生活の質が向上した。その後、近医で安定していたが、最近になって息切れを自覚するようになり、原因不明の進行性貧血であると判断されていた。心配になった娘さんがインターネットで症状を調べているうちに、私のクリニックに辿り着いたのである。久しぶりに会うMさんは、昔の写真と比べて年齢は重ねていたが、その笑顔や話す様子は変わらないままであった。しかし、身体所見上は眼球結膜や皮膚の黄染を認め、言葉を発するたびに肩で息をする様子がみられた。心臓人工弁置換術後から20年、少しずつ人工弁の機能不全を認め、LDHは高値、Hbは低下し、典型的な溶血性貧血の状態であった。年齢や全身状態からも心臓人工弁の再手術はリスクが高く、今後の治療方針に患者さん自身も迷いがあった。
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