便利な世の中になった。スマホを持てば道に迷うこともなくなり、人との待ち合わせで失敗することもなくなった。医療環境もずいぶん変化した。画像を駆使した診断が発達し、診断が容易になった。技術の進化は留まるところがなく、世の中のアンメットニーズは次々に解決されている。人工知能の発達がそれを加速させる。10年後はもっと便利な世の中になる。
しかしながら、便利さの代償として、我々は確実にいろいろなものを失いつつある。地図が読めなくなった。漢字が書けなくなった。コミュニケーション力が低下した。診察時の身体所見が取れなくなった。そして、想像力が低下した。因果応報はこの世の真理である。
従来型の医療では、少ないながらも患者から最大限の情報を集め、それを頭の中で組み立てて、最善の治療を施してきた。それには推理力や想像力が重要であったし、それが許される環境であった。しかし、現代ではエビデンスのない医療は否定される方向にある。推理や想像が許されない時代を迎えている。
世界一のプロ棋士を打ち負かした人工知能を開発するディープマインド社の天才プログラマー、デミス・ハサビス氏は、人間の知性の特徴は「柔軟性と汎用性」であることに着目し、人工知能にこの特性を組み込んだ。人工知能という機械が人間になろうとし、人間を超えたのである。
では、我々人間は何をしているのかと思う。いろいろな規則や法律をつくって、人間の自由な行動を制約し、「柔軟性と汎用性」を制限している。コンプライアンス、ガイドライン、適正使用などの書類の量を見よ。日常の会議の数を見よ。了解を得ねばならない人々の数を見よ。社会の許容度が極端に狭くなり、我々は「機械のように」生きるしかなくなってきている。
想像は創造につながる。人類は想像から創造を繰り返して文明をつくり出したが、現代社会は想像力が低下する方向に進んでおり、その先には創造力の低下が待っている。「イノベーションをめざす」など空虚な響きにすぎない。
この流れに掉さすことなく、どのように抵抗できるのかを想像すること、その想像が時代を変える創造につながることを願うこと、そこから始めるしかないと思うこの頃である。