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詳報:第29回日本医学会総会2015関西─注目プログラムから

No.4748 (2015年04月25日発行) P.10

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-20

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4月11~13日に京都市で開かれ、盛況を博した第29回日本医学会総会2015関西。特別講演やシンポジウムの中から注目を集めたプログラムの模様を紹介する。

開会講演●iPS細胞研究の現状と医療応用に向けた取り組み
「臨床応用への取り組みは順調に進んでいる」



京大iPS細胞研究所所長 山中伸弥

今年設立5年目を迎えた京大iPS細胞研究所(CiRA)。所長を務める山中伸弥氏は11日の開会講演で、「CiRAの使命はiPS細胞の医療応用」と強調。臨床試験や難病治療薬の開発などの達成状況を報告し、臨床応用に向けた取り組みは「順調に進捗している」と述べた。

パーキンソン病手術、「来年にも開始」

臨床試験に関しては昨年、理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーが、滲出型加齢黄斑変性への網膜細胞の移植手術に着手している。山中氏はCiRAの取り組みとして、高橋淳教授が孤発性パーキンソン病に対する神経前駆細胞の移植手術を「来年開始に向けて国に申請を出す準備中」、iPS細胞から血小板や赤血球の作製に成功した江藤浩之教授が輸血用血液バンクの構築を視野に入れた研究を進めていると紹介した。
「実現が難しいと思っていた」という難病治療薬の開発に関しても、「大きく進展している」と報告。妻木範行教授らが昨年、遺伝子異常により四肢の骨の伸長が阻害される「軟骨無形成症」の病態を患者由来のiPS細胞を用いて再現することに成功、コレステロール低下薬のスタチンが軟骨形成を促進することも発見したことを紹介し、スタチンを用いた臨床試験を「できれば2年以内に開始できるよう努めている」とした。
講演の締めくくりに山中氏は、臨床応用は「間違いなく達成可能」と断言。その上で、2030年までに達成すべき長期目標として、①iPS細胞ストックを柱とした再生医療の確立、②個別化医療の実現と難病治療薬の創薬、③iPS細胞を用いた新たな生命科学と医療(発生学、癌・免疫学)の開拓、④日本最高水準の研究支援体制と研究環境─を掲げた。

会頭講演●日本の未来のために、いま医学・医療は何をなすべきか
「これからの予防医学は『先制医療』へ」

京大名誉教授 井村裕夫

今総会の会頭を務めた井村裕夫氏は11日の講演で、これからの予防医学について、「個人の遺伝素因や環境因子を手掛かりにハイリスク者を見つけ、バイオマーカーを使って発症前に介入する『先制医療』を目指すことになる」と述べた。
井村氏は、癌、脳心血管病、メタボリックシンドローム、認知症などの非感染性疾患の発症には、遺伝素因と環境因子が関わっていると解説。遺伝素因については、「全ゲノム解析やエクソーム解析でさまざまな疾患の原因遺伝子が続々と特定されている」とし、環境因子にも着目するよう強調した。
そこで注目すべき疫学仮説として、胎生期から乳幼児期に置かれた栄養環境が成人後の非感染性疾患の発症に影響するというDOHaD(Development­al Origins of Health and Disease)の考え方を紹介し、「この仮説で、新興国における糖尿病などの増加を説明できる」と指摘。
その上で、「個人の遺伝素因と胎生期の環境を調べれば、非感染性疾患のハイリスク者を見つけ出して発症前に予防できる」とし、先制医療を推進するために、「遺伝素因の解明」「ゲノム発現(エピゲノム)に着目した胎生期からのコホート」などの研究に官民を挙げて取り組むよう訴えた。

日本医師会会長講演●日本医師会の医療政策─健康な高齢社会の構築を目指して
「健康寿命延伸の柱にロコモ対策を」

日本医師会会長 横倉義武

横倉義武氏は11日の講演で、健康寿命の延伸に向けた政策の柱に、生活習慣病に加えて、ロコモティブシンドローム(ロコモ)対策を据えるべきとの認識を示した。
要介護認定を受ける原因の約2割を骨折・転倒など運動器に起因する症状が占めており、要支援ではその傾向がさらに強まる。このことから横倉氏は、「今後は骨粗鬆症の予防だけでなく、骨折・転倒をしにくい身体づくりが必要」とし、加齢に伴う筋肉量減少(サルコペニア)と併せて対策が求められるとした。
ロコモ予防を目的に推奨されている運動(ロコトレ)については、「簡単だが習慣化が難しい。ロコモの概念や対策は既に政策に組み込まれているが、十分とは言えない」と指摘。厚生労働省の「健康日本21」や市町村の介護予防事業を通じて運動習慣の普及・定着を後押しするよう求めた。
地域でロコモ予防と啓発を主導する職種にはかかりつけ医を挙げ、「かかりつけ医が運動・栄養・療養などの指導を一体的に提供することが、健康寿命の延伸の柱となることは間違いない。かかりつけ医の役割は今後ますます重要になる」と述べた。

日本医学会会長講演●わが国の医学研究の方向性
「産官学民の連携で創薬基盤を強化」

日本医学会会長 高久史麿

高久史麿氏は11日の講演で、「医学は社会の求めに応じる必要がある」と述べ、創薬基盤の強化に向け、産官学民の連携を訴えた。
高久氏は、日本の研究者が新薬シーズとなる遺伝子やリード物質を発見したにもかかわらず、治療薬や抗体の開発で海外に先を越された事例を複数紹介。日本の新薬開発プロジェクト数の減少と医薬品の輸入超過の増大にも言及した。
それに対し新薬開発で世界トップを維持する米国では、ベンチャー企業が開発に関わる割合が大きいことを挙げ、「日本もベンチャーを育てる政策を採る必要がある。大学の研究者は自分たちが開発したものを積極的にベンチャーに持ち込むべき」と、創薬における産・民との連携の重要性を強調した。

不正の背景に「社会医学系医師の減少」も

講演では、臨床研究を巡る不正問題にも言及。不正が相次いでいる背景には、基礎医学や社会医学系に進む医師の減少があると指摘した。
基礎医学の研究者が激減した要因としては「研究職ポストの少なさ」「臨床現場の多忙」を挙げ、「臨床を経験してから基礎研究の世界に入る医師が少なくなっている」と指摘。さらに初期臨床研修制度と専門医制度の影響で、「学生がどうしても専門医を目指してしまうことも問題」とした。
メディカルドクター(MD)の減少にも触れ、「創薬などの分野では基礎から臨床への橋渡し研究が重要。MDがもっと増える必要がある」と述べた。さらに、大学院の社会医学系講座を卒業した疫学や生物統計の専門家が製薬企業に流れている現状に懸念を示し、「そうしたことがバルサルタンの研究不正のような事態を招いたのではないか」とした。
臨床研究の法規制については、「慎重であるべき」との日本医学会の立場を説明した上で、適切な審査を行う研究機関の倫理審査委員会(IRB)の認定制度を厚労省で検討する動きがあることを紹介。今後は、「欧米と同様に、院外の中央倫理審査委員会がIRBの審査を通った研究の経過をチェックするシステムを作る方向へ進む」との見解を示した。

シンポジウム●健康長寿100歳を目指して─先制医療の取組み
2型糖尿病は膵β細胞減少のメカニズム解明がカギ

11日のシンポジウム「健康長寿100歳を目指して―先制医療の取り組み」では、「糖尿病」「アルツハイマー病」などについての取り組みが紹介された。
稲垣暢也氏(写真・京大教授)は糖尿病について講演。2型糖尿病には優れた早期診断法がないと指摘した上で、膵β細胞量に着目。1型糖尿病だけでなく2型糖尿病でも発症時には膵β細胞がすでに減少しており、 また発症後の細胞減少の進行が治療抵抗性の原因の1つとして考えられることから、「膵β細胞減少のメカニズム解明が重要」と述べた。
しかし、膵β細胞は直径50~500μmの膵島に散在するため非侵襲的検知が難しく、「空間分解能の高い撮像技術・機器の開発」を課題に挙げた。

「アルツハイマー病のバイオマーカー確立を」

アルツハイマー病の先制医療について講演した岩坪威氏(東大院教授)は、アルツハイマー病の脳病理変化として特有なアミロイドβタンパク質(Aβ)蓄積の除去を目的とした、Aβ産生酵素であるセクレターゼ阻害薬や抗アミロイド療法などによる治験が、いずれも改善効果が見られず相次いで終了している現状を紹介。
Aβ蓄積は認知機能の低下が顕在化する15年以上前から始まっていると指摘し、「軽度認知障害期や病理陽性でも無症候なプレクリニカル期からAβ除去を行うことが有効」と述べた。その上で岩坪氏は、「実現に向けては、バイオマーカーを含めたアルツハイマー病の進行過程の客観的評価法の確立が必要」とし、コホート研究推進の重要性を強調した。
岩坪氏はこのほか、今後の治療と研究の方向性について、「PETによるアミロイド検査をプレクニリカル期から追跡研究することや、健康時から高血圧・コレステロールのコントロールによる心血管イベントの予防が重要」と述べた。

シンポジウム●健康格差社会の是正を目指して
健康格差の実態が報告、改善策を研究者が提言

高齢者の健康格差について近藤克則氏(千葉大教授)は13日の講演で、小児期の社会経済階層の主観的評価が低いほど、手段的日常生活動作(IADL)に制限がある確率が高く、さらに市町村間・市町村内にも健康格差があることを説明した。例えば、転倒や物忘れの発生率は同じ年齢層で約2倍の格差があり、社会参加が少ない地域で健康不良な人が多いという関連性が判明。近藤氏は、「社会参加によって格差を改善できる可能性がある」と期待した。
さらに現在、介護予防事業報告などの情報を基に、各地域の健康情報を“見える化”した「地域診断システム」を開発し、今夏に稼働する予定であることを紹介。WEB上で誰でも無料で利用できるとし、「ぜひ格差是正に活用してほしい」と要請した。

健康格差の是正は医療を越えた対策が必要

福田吉治氏(帝京大教授)は、社会経済的状況が低い人は総じて健康水準が低いことを概説。続く橋本英樹氏(東大院教授)は、社会保障制度が整備された日本で健康格差が生じる原因として、医療や食事へのアクセスだけではなく、生活習慣行動が格差の中核になっていると指摘した。
橋本氏は、生活習慣行動を規定するのは知識、技能、機会の不均等分布であるとし、具体例の1つとして、定期予防接種の接種率を提示。接種費用は無料でも、母親が育児休暇を取得していない場合は子どもの未接種率が増加することを紹介し、この格差について「就労環境や保育環境など、医療者だけで解決できる問題ではない」と指摘した。
その上で、健康格差の是正に必要なのは「教育、就労、社会環境の改善」とし、医療を越えた働きかけが必要であると強調。日本医学会に対し「医療や医科学を越えた“健康の社会的決定要因”への政策提言と行動を」と訴えた。

シンポジウム●専門医制度と時代にマッチした生涯教育制度
総合診療専門医の指導医候補など最新情報が報告

2017年度からスタートする新しい専門医制度について日本専門医機構の千田彰一理事(写真)が12日、検討状況を報告した。この中では、総合診療専門医の専門研修カリキュラム案が示されたほか(前号で既報)、総合診療専門医の指導医の候補を列挙した。
具体的には、①日本プライマリ・ケア連合学会の認定医・家庭医療専門医、②全自病協・国診協認定の地域包括医療・ケア認定医、③日本病院総合診療医学会認定医、④大学病院または初期臨床研修病院で総合診療部門に所属し総合診療を行う医師(臨床経験7年以上)、⑤④の病院に協力して地域で総合診療を実践している医師(同上)、⑥都道府県医師会または郡市区医師会から専門研修カリキュラム案で示される到達目標(6つのコアコンピテンシー)を地域で実践してきた医師と推薦された医師(同上)─の6つを挙げた。
専門医更新の基準も新しくなるとした。勤務実態と専門医としての診療実績を示すこととなり、15年度から順次、新基準での更新審査に入る。ただ、15年3月以前に専門医認定を受けた医師の更新に関しては、19年度までを移行期とし、学会基準の更新も新基準と同等に認定。しかし、その後は新基準による更新のみとする。

機構に情報発信の充実を求める声

フロアからは機構に対し、情報発信の充実を求める声が上がった。ある病院医師は、「専門医制度の情報を今は各学会のホームページやメディアから収集している状況で、機構の情報発信が少ない」と発言。これに対し池田康夫理事長は今後、情報発信を充実させる考えを表明した。医学生からは「これから専門医研修に進む若い世代の意見をくみ取るシステムはあるのか」との質問が出され、千田理事は、「今はないが、今後検討したい」と述べた。

シンポジウム●2011年東日本大震災の検証
原発の教訓踏まえ、医療界からの情報発信を提言

12日の東日本大震災の検証をテーマにしたシンポジウムで、星北斗氏(福島県医師会副会長)は、原発事故を教訓に「医療界が国民に正確な情報発信をできる体制を整えるべき」と提言。 自身の反省も含め、「『安定ヨウ素剤とは何か』から始まった。原発立地県にも関わらず準備不足だった」と振り返った。原発事故の健康影響に関する情報については、「流言飛語が震災直後から飛び交っている」と指摘した上で、「医療関係者は放射線影響に関する理解を深め、国民の不安に対応する能力を高めるべき」と述べた。
また、「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」など、状況を判断できる情報を常に公開することで、政府発表に頼る情報収集の仕組みから脱却する必要があると訴えた。

被災者の慢性期疾患への対応が重要

津波による被害を受けた宮城県気仙沼市の森田潔氏(写真・森田医院院長)は、「(自院の)受付や診察室、カルテ室に加え薬局まで海水とヘドロに浸かった」と当時の状況を説明した上で、災害時に重要なのは「シンプルな行動指針」と強調した。
森田氏は気仙沼市医師会で震災前に策定した災害時の対応マニュアルを紹介。「診療再開可能な先生は『診療中』ののぼりを立て自院で、再開できない先生はベストを着て避難所で医療支援を行った」と述べた。気仙沼市のケースでは、「死傷者の多くは溺水によるもので、地域の医療機関としては被災者の慢性期疾患への対応が重要だった」ことを踏まえ、地域ごとに地震・津波・液状化対策など「何が最も重要なのか事前に決定し、ゼロから対策を立て直す必要がある」と指摘。さらに多数の死者が出た場合に備え、「医療者が死体検案についての知識を深める必要がある」と述べた。

記念講演●日本における高齢化と真の健康社会
「『恕す』ことが世界平和につながる道」

聖路加国際大名誉理事長・名誉学長 日野原重明

13日に記念講演を行った103歳の医師・日野原重明氏は、国立京都国際会館メインホールを埋め尽くした医療関係者・一般市民に向け、健康社会・世界平和を実現するために1人1人の参与を呼びかけ、満場の拍手を浴びた。
日野原氏は、オスラー、シュバイツァーら自ら尊敬する医学者の言葉を引きながら「相手のことを自分のように考えること、『恕す』ことが世界平和につながる道」と強調。社会医学の先駆者であるルネ・サンドの言葉「国民の参与なしには、国民の健康は得られない」も紹介し、「皆さん1人1人が参与しなければ、本当の健康社会は実現しない」と訴えた。
最後に、大動脈弁狭窄症を抱えながら講演活動を続ける自分の元気は「若い人たちとともに前進したい」という気持ちから来ているとし、「前進!前進!前進!前進また前進!」と力強いメッセージを会場に送った。講演要旨は以下の通り。

【講演要旨】今は世界中あちこちで戦争があるが、私は(2003年から続けている)「いのちの授業」で、子どもたちに「君たちの使命は戦争のない世界をつくることだよ。まず大事なことは、いじめをなくすこと、他人をゆるすこと」と教えている。
私が尊敬するウイリアム・オスラーは、「避けがたい戦争を避けるという難問を引き受ける者は、すべての民族は同じ血液からなっている人間だということを誰よりもよく知っている医師以外にはない。医療というものは、厳密に言って人道主義的なものである」と言っている。
アルベルト・シュバイツァーも「人間に対する真実の愛は、共に経験し、共に苦しみ、助けること」と言っている。分かりやすく言うと、相手のことを自分のように考えること、「恕す」ことが非常に重要である。恕すことは、争いを避けるための唯一の方法であり、世界平和にもつながる道だと私は信じる。

1人1人が参与し健康社会の実現を

社会医学の先駆者ルネ・サンドは「国民の参与なしには、国民の健康は得られない」と言った。皆さん1人1人が参与しなければ、本当の健康社会は実現しない。今日集まった方は世界平和のために何ができるかを考えてほしい。私は子どもたちに「君たちの使える時間は誰かのために使う時間だ。君たちが平和をつくりだすんだ」と繰り返し話している。
私は大動脈弁狭窄症を抱えており、登壇するまで車いすで来た。ここに皆さんにメッセージを捧げる。この元気さはどこから来ているのか。若い人たちとともに前進したい(という気持ちから来ている)。「前進!前進!前進!前進また前進!」

特別企画●健康社会を支える医と産業の新しい連携
企業トップが一堂に会し、「医療と産業の連携」巡り討論

13日には、オムロンヘルスケア、ヤマト運輸、堀場製作所、竹中工務店などの企業のトップが一堂に会し、「医療と産業の連携」を巡って討論する特別企画も行われた。
演者の間では「エビデンスに基づく健康産業」の発展を目指すことで一致。長尾裕氏(ヤマト運輸社長)は、2020年の東京五輪に向け、訪日する外国人が快適に過ごすための方策を考える際「観光だけではなく、日本の高度な医療を受けに来るようにするという観点がもっとあっていい」と訴えた。



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