たばこと疾病発症の関連は、医師・医学者で否定する者はいない、確立された関連である。私自身、医学部や看護学部の公衆衛生学の講義で因果関係論の説明として、たばこを例に学生に説明してきた。受動喫煙の被害についても、わが国の疫学研究の先賢である平山 雄(1923~95)博士は〔Br Med J(Clin Res Ed). 1981;282(6259):183-5〕で、夫の喫煙による受動喫煙のために、非喫煙の妻の肺癌死亡率が2倍になることをコホート研究により世界に先駆けて報告した。一般にも普通の知識として普及したたばこの健康被害であるが、2020年東京五輪に向けての受動喫煙防止政策については、はなはだ心許ない状況である。
かつて国際疫学会(IEA)理事長であった英国のHolland教授は著書“Foundations for health improvement”(日本語訳:『疫学公衆衛生研究の潮流』日本公衆衛生協会、2004)の中で「疫学公衆衛生は政策決定のための科学であり、政治と密接に関連すべきである」と述べている。しかし日本では、疫学公衆衛生研究が直接政策決定に関与した例は多くはなく、歴史的にみても石原 修による女工の結核実態調査(1913年)と労働衛生の導入、および結核研究所(1939年設立)、国鉄中央保健管理所(1952年設立)を中核とした戦前・戦後の結核対策、アジア風邪〔1957年、インフルエンザA(H2N2)の流行により推計で国内300万人が感染〕に対する防疫、放射線影響研究所(広島・長崎)による被爆者追跡と健康管理の対応(1950年〜)、日本循環器管理研究協議会の設立と循環器疾患対策(1965年)、SMONをはじめとする難病プロジェクト研究と対策、公害と対策(公害健康被害補償法は1973年)、腸管出血性大腸菌O157による集団下痢(1996年に堺市で9500人規模の世界的大流行)への対策、などの対応事例がみられるにとどまっている。
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