2016年のノーベル医学・生理学賞は大隅良典先生(東京工業大学栄誉教授)に授与された。受賞の一報が入ったとき、私は万感の想いにすぐには言葉が出なかった。私は、大隅先生が基礎生物学研究所(愛知県岡崎市)に教授として着任された1996年に、助教授として呼んで頂き、哺乳類オートファジーの研究を開始した。6年間の大隅研時代を経て独立した後も、一貫して哺乳類オートファジーの分子機構と疾患との関わりをメインテーマとしている。この21年間、ずっと大隅先生のご指導を受けており、先生は文字通りメンターである。
大隅研発足当時は、細胞生物学者でもオートファジーという細胞内の現象を知らない人がたくさんいた。大隅先生が始められた自食作用(オートファジーの和訳)研究会への参加を呼びかけても、「辞めさせる作用の研究ですか?」と聞き返された。辞職作用と間違えられたのだ。
先生は既に、ノーベル賞の受賞対象となった酵母オートファジー関連遺伝子を同定されていたものの、その重要性に気づく人は少なかった。私は大隅先生がノーベル賞に値することを確信していたが、いかんせん、分野自体が認知されていない状況では口外しても笑われるだけ。しかし、我々大隅研哺乳類チームの奮闘もあって、哺乳類オートファジーの研究が進展し、それが様々な疾患を抑制していることが明らかになってくると、分野は爆発的に拡大する。
その結果、先生の受賞が具体性を帯びてきた。しかし、私にとっては発展が急激過ぎて夢の中にいるようで、リアリティーが感じられないまま「その日」を迎えたのだった。
そして、発表と同時に私にまで怒濤の取材攻勢があり、ゆっくり感慨に浸っている暇はなかった。私が受賞したわけでもないのに、私の教授室は報道陣が外まで溢れかえり、カメラと槍みたいなマイクを突きつけられ延々3時間以上喋らされ、翌日もまた同様の状況だった。ノーベル賞の凄さを思い知らされた。。
大隅先生は、報道からもわかるように、偉ぶったところが皆無で、相手によって態度が変わることはなく、誰とでも気さくに話される。狷介固陋な厳しい大教授像とは対極にある。お酒もお好きで、私にとって先生は師匠であると同時に飲み仲間でもあり、交わした杯は数え切れない。完璧というよりはきわめて人間的、そして、そのことを隠しもされないので、それが周囲の人を魅了する。エピソードにも事欠かず、私はたぶん100個くらいは持っている。その中から少しだけ紹介しよう。
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