近年,ヒトで流行しているA型インフルエンザウイルスのうち,H3N2亜型ウイルスは孵化鶏卵では分離されにくくなっている
鶏卵培養ワクチン製造のため,ワクチン株を鶏卵に馴化させると鶏卵での増殖能獲得とともに抗原性が変化することがある
市中で流行しているインフルエンザウイルスの抗原性は,鶏卵分離株よりMDCK細胞分離株に反映されている
WHOが推奨するワクチン構成ウイルスの選定は,インフルエンザシーズンの約8カ月前に行われる
ここ数年「インフルエンザワクチンの効きが悪い」との指摘が多い。通常,ワクチンの効果はワクチン株と流行株との抗原性の一致/不一致に左右される。しかし最近は,この抗原性が一致しているにもかかわらずワクチン効果の低下が起きている。この主な原因は,ワクチン製造株の鶏卵馴化にある。
ヒトとインフルエンザとの付き合いは長いが,インフルエンザの病因がインフルエンザウイルスにあることは,20世紀に入ってから明らかにされた。1918年のスペインインフルエンザの大流行をきっかけに,インフルエンザの病因に関する研究が精力的に行われ,1940年代にインフルエンザウイルスが孵化鶏卵で増殖することと,鶏赤血球凝集能があることが明らかにされた。この2つの発見によって,インフルエンザウイルスを孵化鶏卵で大量に増やしワクチン製造に用いることが可能となり,またウイルスの存在も赤血球凝集能の有無により知ることができるようになった。
インフルエンザウイルスによる赤血球凝集は,ウイルスの赤血球凝集素(hemagglutinin:HA)が赤血球上のシアリル糖鎖に結合し,赤血球を凝集させる現象である。インフルエンザウイルスに感染した動物で産生される抗体はこのHAに結合してウイルスの感染を阻止する。したがって,抗体がウイルスによる赤血球凝集能を阻止すれば,その抗体はウイルスに結合することを示し,その結果ウイルスの抗原性を推定することができる(赤血球凝集阻止試験:HI試験)。
ヒトインフルエンザウイルスは,A,B,Cの3型に分類され,このうち毎冬ヒトの間で流行するのはA,B型である。A型インフルエンザウイルスは,主要抗原HA,NAの抗原性の違いから18HA亜型,11NA亜型に分類され,現在ヒトの間ではH3N2亜型,H1N1pdm 09亜型のウイルスが流行している。B型インフルエンザウイルスは,抗原的に異なるYamagata系統,Victoria系統の2系統が交互に,あるいは同時に流行している。
インフルエンザウイルスは,孵化鶏卵のほか,MDCK(Madin-Darby canine kidney)細胞(イヌの腎細胞由来)でも増殖する。そのため,近年は孵化鶏卵(10日卵)に比べ,準備が容易なMDCK細胞を用いてウイルスが分離されることが多い。
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