鼻・副鼻腔粘膜機能の重要性については成書をみれば容易に理解できるし、基礎的な研究成果は学会でも数多く発表されている。しかし、実際の臨床ではその基礎的知見を忘れ、古い治療概念や民間療法に引きずられたような治療行為が行われることもある。
過去において、耳鼻咽喉科医が古い外科的発想による副鼻腔粘膜の搔爬を副鼻腔炎の根治的手術として行ったり、鼻閉解消のために下鼻甲介粘膜を過剰に切除してきたという歴史的事実も、その一因としてあるのかもしれない。腫瘍性疾患であればやむをえないが、鼻・副鼻腔炎の手術としては、その機能についての配慮に欠けるものである。
最近の内視鏡下手術では、鼻・副鼻腔の複雑な空洞構造を形態的に正常化させることによって鼻・副鼻腔の機能までも改善しようとする手術理念を重視しており、鼻粘膜の機能を温存し、より向上させることが術者には求められている。鼻腔形態と鼻・副鼻腔粘膜機能の正常化である。ただ、鼻ポリープを伴う副鼻腔炎や好酸球性副鼻腔炎など、難治性あるいは再発しやすい副鼻腔炎の手術では鼻・副鼻腔粘膜機能温存が困難な症例が多いため、ややもすると鼻粘膜機能の正常化という理念が忘れられたかのような報告が発表されることもある。それでも、鼻・副鼻腔粘膜機能の温存ということに思いを寄せることは常に必要であり、とりわけ実際の臨床では、鼻・副鼻腔炎のほとんどが鼻・副鼻腔粘膜の可逆的な病的変化であることから病態をしっかり見極め、それに見合った最適な治療を意識して症例に向き合うことが重要である。
急性の鼻・副鼻腔炎における鼻粘膜のびらんや腫脹は鼻内所見としてとらえやすく、強い鼻閉や大量の鼻汁といった典型的な症状からも診断は容易である。たとえば、風邪の後にみられる鼻・副鼻腔炎や、花粉飛散期における花粉症患者の鼻粘膜でのアレルギー反応などである。また、鼻閉や鼻汁、後鼻漏といった症状が持続する慢性的な鼻・副鼻腔炎では画像診断が非常に有用である。
一方で、鼻閉や鼻汁といった症状をほとんど自覚することなく、鼻・副鼻腔病変も軽い鼻・副鼻腔炎は意外に多いが、その重要性についてはあまり知られていない。このような症例では、鼻とはまったく関連のないような症状、たとえば、のどの痛みや嗄声・長引く咳や誤嚥・咽喉頭異常感、さらには、耳のつまりといった多彩な症状が中心で、鼻が悪いという認識が非常に希薄であるのが特徴である。しかし、よく診察してみると鼻・副鼻腔粘膜機能の低下による分泌液の減少のため、鼻咽腔や耳管咽頭口の湿潤化障害が生じ、また、空気の加温・加湿作用の減弱によって喉頭や気管への影響がでていることがわかる。
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