高大連携の取り組みが推奨され、多くの大学で様々なプログラムが実施されている。大学教員による出前授業や高校生の大学授業への参加によって、高校生が自ら興味ある分野や課題を見つけ将来の進路選択に役立てる、能力ある生徒が早期に大学レベルの教育を受けることができる、高校と大学の教育に連続性を持たせスムーズに大学教育に移行できる、などのメリットがうたわれている。学習が知識体系の積み上げであるという観点からは、高大連携は好ましい取り組みであるに違いない。
一方で、大学での学習は高校までの勉強とは根本的に違う、という視点も忘れてはならない。高校までの学習は基本的に、確立された事項を理解し、確立された方法で正しい解にたどり着くという、ゴールが明確な勉強である。しかし、世の中には、答えのない問いや、問いを見つけること自体が重要なことのほうが圧倒的に多い。大学の教育においては、「考えてもわからないことがある」「誰も教えてくれないことがある」ことを学生に教えるという重要な使命がある。
今、知りたい情報のほとんどは、いとも簡単にインターネットで手に入る。しかし本来、何かを学ぶ、というのは必ず苦労や苦痛を伴う作業であり、新しいことを学ぶことによってそれまでとは違う自分に成長した、という感動を覚えるものである。そのような知性の営みを身につける場が大学でなくてはならない。
大学の入学式で各学長は、「君たちは今日から生徒でなく学生になった」「大学では受け身の勉強は通用しない」と檄を飛ばす。情報化や人工頭脳が進歩し、教室での授業のあり方や内容が大きく変わらなければならない難しい時代になっている。その中で、単に「世の中の役に立つ」だけではない、自ら考え実行する力を持った、自立した人間を育てるのが大学でありたい、と願っている。