(大分県K)
HDは,実際の価値にかかわらず,「ものを所有していたい」という欲求とともに,それを捨てることに関連した苦痛により,ためこんでしまう行為を主な特徴とします。ためこんだ物品は通常の生活が行えないほど,生活空間を制限するものであり,clutter(取り散らかり),すなわち関連のない多くの物品が無秩序に集められ,本来別の目的でつくられた空間を占拠し,山のようにたまった状態となります。患者はその価値を評価し,愛着を感じているにもかかわらず,ためこまれた物品は整頓されていません。
HDの臨床経過は多様ですが,一般的に発症年齢は11~15歳頃であり,発症早期にはゴミがたまることや他者の介入などに苦痛を感じていながらも,ためこみ行動は自我親和的で洞察は乏しいとされます。青年期までは,ためこんだ物品による支障が整頓や廃棄など家人からの援助により顕著ではありませんが,20歳代半ば頃から個々の日常生活機能を妨げ始め,30歳代半ば以降までに臨床的に有意な障害を引き起こすとされています。それらの物品を第三者が処分しようとする行為には,所有物の有用性や美的な価値に関するこだわり,もしくは強い情緒的愛着により抵抗します。
HDがいったん出現するとしばしば慢性的経過をたどり,経過中に症状の増減の波を報告する人は少ないとされます。ためこみの対象は,実際の価値にかかわらず,新聞や雑誌,古い洋服,かばん,本,郵便物,書類などのほかには電子媒体も含まれ,いかなるものでも対象となりえます。これら所有物を捨てることは困難とされ,それは遺失を避けたいという考えと,獲得や所有の欲求あるいはものへの情緒的愛着に由来します。特に獲得の欲求に関しては,DSM-5のHDの特定用語として「過剰収集(excessive acquisition)を伴う」があります。これはHD患者の約80~90%にみられ,頻度は高く,これが制御できないことに苦痛を感じている場合が多いとされます1)。過剰な衝動買いや無償で手に入るもの(リーフレットや他人が捨てたゴミなど)の収集が一般的ですが,盗みによることも少なくないと報告されています2)。
ためこみ(hoarding)という用語は,HDの疾患概念のもととなった強迫的ためこみ行為(compulsive hoarding behavior)に由来します。一方,収集(collection)という用語は,「対象物の価値が愛好家の間では十分高く,対象物が特定のものに限定されており,さらに基本的にはきちんと整理した状態で保存され,生活スペースの侵襲は少ない」と定義されています3)。つまり集めた物品の整理,および機能障害の有無という点が異なります4)。Mataix-Colsら5)は,収集癖のある者20人を対象にHDの診断基準6)に当てはめてみたところ,全例物品の占拠や散らかり(項目C),および苦痛や社会的・職業的障害(項目D)を満たさなかったと報告しています。このように「収集」はHDの病態を説明する単語としては不十分であり,「ためこみ」が使用されることとなっています。
【文献】
1) Frost RO, et al: J Anxiety Disord. 2009;23(5): 632-9.
2) Frost RO, et al:Depress Anxiety. 2011;28(10): 876-84.
3) 中尾智博:精神. 2014;24(1):49-56.
4) Nordsletten AE, et al:Clin Psychol Rev. 2012; 32(3):165-76.
5) Mataix-Cols D, et al:Psychol Med. 2013;43(4): 837-47.
6) American Psychiatric Association:Diagnostic and statistical manual of mental disorders: DSM-5. 5th ed. American Psychiatric Pub, 2013.
【回答者】
向井馨一郎 兵庫医科大学精神科神経科学講座