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下痢・脱水

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  • ■緊急時の処置

    バイタルサインの異常を伴うような重症脱水では,直ちに静脈路を確保して,細胞外液補充液(生理食塩水もしくは乳酸・酢酸リンゲル液)の急速輸液を開始する。血行動態が安定したら,電解質異常の有無や尿量の反応,既往症(心不全の有無など)に応じて輸液内容を調節する。

    脱水が重症でなくても,経口摂取が難しい場合には輸液を行う。

    ■検査および鑑別診断のポイント

    詳細な病歴と身体所見,脱水症状や重症感の有無などから検査の適応を判断する。

    【血液検査】

    血液検査:電解質異常の有無などを評価する。

    血液培養:高熱があり,重症感がある場合に提出する。

    【便検査】

    便培養:重症下痢(頻回多量で脱水を伴う)がある場合,血便・腹痛・発熱など炎症性の腸管感染症が疑われる場合,高齢者や免疫不全症などのハイリスク患者で提出する。

    便中白血球:陽性であれば,炎症性(侵襲性)の細菌性腸炎が示唆される。ただし,その有効性(感度・特異度)の報告には幅があり,臨床所見と併せて判断することが必要である。

    【迅速検査】

    抗菌薬使用歴があり偽膜性腸炎を疑う場合には,クロストリジウムトキシンの迅速検査を行う。

    腸管出血性大腸菌を疑う場合には,ベロ毒素や大腸菌O157の迅速検査が参考となる。

    【画像】

    腹部超音波・腹部CT:腹部所見が強い(腹膜刺激症状を伴うなど)場合や,血便がありその原因として感染性腸炎以外の疾患が疑われる場合に施行する。感染性腸炎と鑑別すべき疾患として,虚血性大腸炎,炎症性腸疾患,憩室出血,憩室炎,虫垂炎,大腸腫瘍などがあり,画像検査の所見はこれらの鑑別に役立つ。

    ■落とし穴・禁忌事項

    下痢をみたらすなわち感染性腸炎であると安易に判断せず,病歴や身体所見から感染性腸炎以外の疾患の可能性がないかを考えることが大切である。

    ■その後の対応

    入院適応:感染性下痢症で,重症脱水を合併している,経口摂取が困難,細菌性腸炎が疑われ重症感があるもしくは敗血症が疑われる,などの場合には入院適応となる。

    届出:コレラ,細菌性赤痢,腸管出血性大腸菌感染症,腸チフス,パラチフス(いずれも3類感染症)であった場合は保健所に届け出る。

    【帰宅時の指導・処方】

    脱水予防のため,単なる水分ではなく,糖分と塩分を適量含む経口補水液(ORS)*1を摂取するよう指導する。嘔気・嘔吐が強いときは,少量ずつ頻回に摂るとよい。

    *1:経口補水液(oral rehydration solutions:ORS):小腸上皮の細胞にはNa-ブドウ糖供輸送機構があり,Naとブドウ糖が吸収されるときに一緒に水分も吸収される。この仕組みを利用して,脱水補正にNaとブドウ糖を適量含む経口補水液を摂取することが推奨される。わが国でもオーエスワン®など市販の経口補水液があり,これらを利用するのが簡便である

    〈抗菌薬〉

    急性下痢症の多くは自然軽快するため,抗菌薬は不要である。

    ①発熱・腹痛・血便があり炎症性(侵襲性)の細菌性腸炎が疑われる場合(ただし,腸管出血性大腸菌が疑われる場合の抗菌薬投与は推奨されない*2),②高齢者および免疫不全症(HIV感染者,肝硬変,悪性疾患など)の既往がある場合,③中等~重症の旅行者下痢症の場合には,以下のように経験的抗菌薬投与を検討する。

    一手目:シプロキサン®200mg錠(シプロフロキサシン)1回2錠 1日2回(朝・夕食後),またはクラビット®500mg錠(レボフロキサシン)1回1錠 1日1回(朝食後)(いずれも3~5日間)

    カンピロバクターを疑う場合にはジスロマック®を用いる。

    一手目:ジスロマック®250mg錠(アジスロマイシン)1回2錠 1日1回(朝食後,3日間)

    *2:腸管出血性大腸菌に対する抗菌化学療法:欧米のガイドラインでは,HUS誘発のリスクがあるため,腸管出血性大腸菌が疑われる,もしくは証明された患者への抗菌薬投与は避けるべきとされている。しかし,わが国では,発症早期のホスホマイシン投与がHUS抑止に効果があったとする報告もあり,厚労省の治療手引きでは主治医判断となっている

    〈止痢薬〉

    病原微生物の排出を遅らせる恐れがあり,原則として使用しない。

    〈整腸薬(プロバイオティクス)〉

    必須ではないが,投与してもよい。

    一手目:ラックビー®微粒N(ビフィズス菌)1回1g 1日3回(3~5日間)

    Ⅱ.乳幼児・小児の下痢・脱水

    ■治療の考え方

    乳幼児・小児の脱水は生命に関わる。脱水を適切に治療することが重要である。

    急性胃腸炎様の症状を呈する,他の重篤な疾患を見逃さないようにする。

    ■病歴聴取のポイント

    小児の急性下痢症は,ウイルス性胃腸炎の頻度が高い。

    ウイルス性胃腸炎を示唆する病歴として,周囲で急性胃腸炎が流行しているかどうか(sick contact),便の回数・性状(水様便が頻回にあり,血便や粘血便を認めない),発熱・腹痛の有無(軽度),嘔気・嘔吐の有無(嘔気が強く,嘔吐が頻回),などをみる。

    高熱,強い腹痛,しぶり腹,血便などの上記にあてはまらない所見があれば,細菌性腸炎などのウイルス性胃腸炎以外の疾患を疑う。

    ■バイタルサイン・身体診察のポイント

    【バイタル】

    バイタルサインおよび身体所見から,脱水の程度を評価する(表3)。

    01_23_下痢・脱水

    【身体診察】

    毛細血管再充満時間(capillary refilling time:CRT)の遅延(2秒以上),皮膚ツルゴールの低下,異常呼吸様式(深い呼吸)は中等症以上の脱水を示唆する。

    腹部所見で腹膜刺激症状や腫瘤の触知があれば,腸重積や虫垂炎など,感染性腸炎以外の疾患を疑う。

    ■緊急時の処置

    【重症脱水・ショック時】

    末梢静脈路を確保して,生理食塩水を20mL/kgで急速輸液する。

    ショックで末梢静脈路が確保できない場合には,骨髄路を考慮する。

    簡易血糖をチェックし,低血糖があれば補正する。高血糖があれば糖尿病性ケトアシドーシスを疑う。

    【脱水・非ショック時】

    脱水の程度の評価:乳幼児では,体重測定が脱水量の推定に役立つ。前述の身体所見(表3)とあわせて脱水の程度を総合的に判断する。

    維持量の評価:体重をもとに,維持輸液量と必要な電解質量を求める(表4)。

    on going lossの評価:下痢や嘔吐が継続している場合は,その回数から推定される喪失量を求める。1回あたりの喪失量は表5参照。

    輸液方法:まず,脱水量を3~4時間で補正する。その後,維持量+on going lossの推定量を点滴する。なお,経時的に電解質を再検し,輸液内容を調整する。

    【軽~中等度の脱水で経口摂取が可能】

    50~100mL/kgのORSを経口投与し,4時間で補正する。嘔吐しやすいため,少量を頻回に与えるのがポイントである。嘔吐や下痢があれば,喪失量(表5)を追加する。

    ■検査および鑑別診断のポイント

    詳細な病歴と身体所見,脱水症状や重症感の有無などから検査の適応を判断する。血液,便については成人と同様の検査を行う。

    【迅速検査】

    ウイルス(ロタウイルス,ノロウイルス)の迅速検査は診断に役立つが,診断確定しても治療が対症療法であることは変わらない。このため検査の必要性は限られる。

    抗菌薬使用があり偽膜性腸炎を疑う場合には,クロストリジウムトキシンの迅速検査を行う。

    腸管出血性大腸菌が疑われる場合には,ベロ毒素や大腸菌O157の迅速検査が参考となる。

    【画像】

    腹膜刺激症状がある,腫瘤を触知するなどの腹部所見があり,感染性腸炎以外の疾患が疑われる場合には画像検査を施行する。

    腹部超音波:腸重積の診断に有用である。

    腹部CT:虫垂炎などの腹腔内疾患の鑑別が必要な場合に行う。

    ■落とし穴・禁忌事項

    小児の下痢をみたらすなわち急性胃腸炎と安易に診断せず,他の重篤な疾患でないかを考慮する。

    2歳以下の発熱と嘔吐のない血便では,腸重積を見逃さない。

    虫垂炎でも,頻度は高くないが下痢を伴うことがあるので注意する。

    重症脱水をきたす原因に,糖尿病性ケトアシドーシスがある。

    腹痛と下痢で発症し,その後肉眼的血便が出現し,下痢が出てから5~10日後に急激に全身状態悪化した場合には,腸管出血性大腸菌のベロ毒素による溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome:HUS)の合併を疑う。

    腸管出血性大腸菌に対する抗菌薬投与は,HUS誘発のリスクがあるため推奨されない*2

    ■その後の対応

    感染性下痢症で,重症脱水を合併している,経口摂取が困難,細菌性腸炎が疑われ重症感がある,もしくは敗血症が疑われる,などの場合は入院適応となる。

    帰宅時の指導:脱水予防のため,ORSを少量ずつ頻回に摂取させるよう指導する。症状が落ち着いてきたら年齢相応の通常食で食事を再開する。

    ■文献・参考資料

    【文献】

    1) 青木 眞:レジデントのための感染症診療マニュアル. 第3版. 医学書院, 2015. p685-735.

    2) Kman NE, et al:Tintinalli's Emergency Medicine. 7th ed. McGraw-Hill, 2010, p531-40.

    3) 譜久山 滋:ケースシナリオに学ぶ小児救急のストラテジー. 日本小児救急医学会, 他, 監.へるす出版, 2009, p65-7.

    【参考】

    ▶ Wanke CA:Up To Date®.

    [http://www.uptodate.com/contents/approach-to-the-adult-with-acute-diarrhea-in-resource-rich-countries]

    ▶ Fleisher GR:Up To Date®.

    [http://www.uptodate.com/contents/evaluation-of-diarrhea-in-children]

    【執筆者】 宮武 諭(済生会宇都宮病院・栃木県救命救急センターセンター長)

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