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【識者の眼】「ゼロピックスをめざして〜PICSとは」中西信人

中西信人 (神戸大学大学院医学研究科外科系講座災害・救急医学分野特命助教)

登録日: 2025-01-27

最終更新日: 2025-01-27

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最近の医学の進歩はすさまじいです。テレビドラマのブラックペアンでもありましたように、ロボットで手術をする時代になりました。また何千万円もする抗癌剤で今まで治療困難であったがんですら治療できるようになってきました。まさに病気が治る時代へと人類は突入しているのであります。

しかし、病気が治ればそれでよいのでしょうか。ロボットで難しい心臓の手術をしても、筋力が低下してベッドから立ち上がることができなくなったり、高額な抗癌剤で治療しても認知症になって家族のことがわからなくなったりするかもしれません。医療がめざすべきものははたして何なのでしょうか。

私は医療がめざすべきものは、PICSのない社会と考えます。PICSとは、post intensive care syndromeで、日本語では集中治療後症候群といいます。PICSの定義は重症疾患罹患後の長期的な身体、認知、精神の障害です。重度の病気、交通事故などにより重篤な状態となり、集中治療室に入室された患者の実に3人に1人がこのPICSになります。PICSになると障害が何カ月も何年も続き、仕事に復帰できない、もう一度学校に戻れないという状態となり、社会復帰が困難になるのです。

たとえばコロナ後遺症という言葉のほうが、馴染みがあるかもしれません。コロナ禍のときに、コロナに罹患して重篤な状態になった患者の退院1年後の身体・認知・精神機能障害は、74%、26%、16%とも報告されております1)。なんと重症コロナに罹患して助かったとしても74%の患者に身体機能障害を認めたのです。

それではこのPICSは、どのようにしたら減らすことができるのでしょうか。まずは日頃からの運動と筋トレです。そして生活習慣病を含む日頃からの病気を予防することが、重篤な病気になったときにPICSを防ぐために最も重要なことになります。

そしていざ重篤な病気になったときは、早期にリハビリテーションや栄養摂取を行うことが重要です。最近は集中治療室入室48時間以内にリハビリテーションと栄養を開始することがガイドラインで推奨されております。そのため重篤な病気になったとしてもゆっくりとはしてられません。

最後に長期的なフォローアップです。PICSになったら終わりではありません。新たな戦いのはじまりです。最近ではPICSの患者さんを外来で診察して、諦めずに社会復帰をめざそうという取り組みもあります。医師だけではなく、看護師、理学療法士、栄養士など多くの職種の方が一丸となって、PICSの状態にある患者さんの社会復帰をサポートしていきます。これをPICS外来といいます。

こういった取り組みをしていくことがPICS予防へとつながります。私はこれをゼロピックスとよんでいます。つまり、ブラックペアンであったようなゴッドハンドの外科医だけでは患者さんの社会復帰は成し遂げられないのです。医療の関わるすべての職種の方、患者さん自身、さらには患者さんの家族となって取り組んでいくことで、初めてこのゼロピックスを成し遂げることができます。このゼロピックスを成し遂げるために私たちがすべきことを連載で説明していきます。ゼロピックスは夢物語じゃないのです。

【文献】

1)Heesakkers H, et al:JAMA. 2022;327(6):559-65.

中西信人(神戸大学大学院医学研究科外科系講座災害・救急医学分野特命助教)[救急医学][PICS][ゼロピックス]

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