□胃の機能としては,食物貯留,撹拌,粉砕,胃酸・ペプシンによる食物の消化,さらに十二指腸への排泄などがある。これらの機能は胃切除後に術後早期に,また長期にわたり様々な障害を呈する。これらを総称して胃切除後症候群(postgastrectomy syndrome)としている。
□機能的障害・器質的障害の2つに大別され,機能的には小(無)胃症状,ダンピング症候群,食後低血糖症候群,貧血,骨代謝障害,消化吸収障害など,器質的には逆流性食道炎,術後胆石症,残胃炎,残胃癌,輸入脚症候群などがある1)~5)。
□症状や既往など,術式,再建法ごとに機能的,器質的障害が異なることを理解し,詳細な病歴の聴取が必要である。
□術後長期にわたる例では,ビタミン,電解質などの吸収障害も考慮する。
□輸入脚症候群では急激に悪化することがあり早期診断,治療が肝要となる。
□狭義の輸入脚症候群は,BillrothⅡ法による再建後の輸入脚に胆汁や膵液が充満し,食後の内圧の上昇とともに残胃内に急激に流入して大量の胆汁性嘔吐を引き起こす。
□慢性輸入脚症候群では,背部放散痛を伴う心窩部痛,上腹部膨満感などを訴えることが多く,吐物に多くの胆汁が混入し,また,嘔吐により腹部症状は消失する。食事ごとにこのような症状が出現し,繰り返すが,次の食事までは無症状であることも特徴である。
□急性輸入脚症候群では,輸入脚の完全閉塞により上腹部痛,無胆汁性嘔吐などが突然出現し,短期間に腹膜刺激症状,頻脈,ショック症状を呈する。
□原因は輸入脚の過長,屈曲,捻転,癒着,胃空腸吻合部の狭窄や内ヘルニア,横行結腸または結腸間膜の圧迫などによる。胃切除の既往があり,輸入脚が形成される再建が行われている場合は,まず,本症候群を疑うことが重要である。通過障害の程度,発症が急性か慢性か,再発性かなど,症状と同様に検査所見も異なる。
□診断のポイントは,輸入脚部の胆汁,膵液のうっ滞による拡張を確認することだが,慢性では嘔吐後拡張は改善することや,急性では腸管の壊死・穿孔・急性膵炎などの所見のみを呈することもあり,注意を要する。
□診断には,CTや超音波で輸入脚の閉塞,上部空腸にairをほとんど含まない液体貯留,拡張を確認する以外にも,胆道系の拡張,急性膵炎,十二指腸周囲,後腹膜などの炎症,腹腔内の液体貯留などの確認が重要である。
□胃切除後,残胃容積の低下と幽門輪の喪失により食物が十二指腸空腸に高張のまま急速に流入することにより発症する。
□胃全摘やBillrothⅡ法,R-Y再建で起こりやすいとされる。
□胃切除後の患者の約10~20%に発症するとされ,食事と発症の時間関係から早期と後期に大別される。
□早期の多くは,食後30分以内に発汗,動悸,顔面紅潮,腹痛,嘔吐などが起こる。原因は,腸管の急速な拡張と循環血液量の低下,セロトニン,ブラジキニン,ヒスタミン,GLP-1などの消化管ホルモンの上昇によるとされる。
□後期では食後2~3時間で起こる発汗,めまい,全身倦怠,失神発作などの低血糖症状がみられる。食物の急速な流入により糖分,炭水化物が過剰に吸収され高血糖が起こり,これによってインスリン分泌が過剰になり低血糖が引き起こされる。
□診断は,原則的には臨床症状からなされる。
□胃切除後に起こる鉄の吸収障害による(小球性低色素性)貧血,あるいはビタミンB12の吸収障害による(巨赤芽球性)貧血である。
□鉄は,通常胃酸により可溶性無機鉄(Fe2+)となり,十二指腸・空腸から吸収される。胃酸分泌低下から鉄吸収障害が起こると,小球性低色素性貧血が生じる。
□ビタミンB12は胃壁細胞から分泌される内因子と結合し回腸で吸収されるため,特に胃全摘後はビタミンB12による巨赤芽球性貧血を引き起こす。時にblind loop syndromeによる腸内細菌の異常増殖がビタミンB12の吸収障害,異常消費の原因となることもある。
□鉄,ビタミンB12は通常体内貯蔵があり,枯渇するまでには鉄で1~2年,ビタミンB12で5~6年かかるとされる。症状として全身倦怠,動悸,めまいなどに加え,鉄欠乏性貧血では舌炎,口内炎など,巨赤芽球性貧血では,舌痛,味覚鈍麻,四肢のしびれなどが出現することがあり,定期的な血液検査が必須である。時に亜急性連合性脊髄変性,末梢神経障害などをきたすこともある。
□胃切除後の食事量の低下,胃酸減少に伴うCa吸収障害や脂肪吸収障害に伴うビタミンDの吸収低下などによる二次性の副甲状腺亢進症の状態から,骨軟化症,骨粗鬆症が生じる。
□進行は比較的緩徐で,術後10年以降に発症することが多い。背部痛,腰痛,関節痛を呈し,重症例では腰椎圧迫骨折を引き起こすことがある。
□診断には,骨密度,骨塩量,リン,アルカリホスファターゼアイソザイム(ALP3)などの測定が有用である。血清Caは重症になるまで低下しないとされる。
□胃切除による噴門,幽門の機能低下や欠如により,胃液,十二指腸液,胆汁,膵液などが逆流することにより生じる。
□胸焼け,胸痛,前胸部不快感,時に繰り返す誤嚥性肺炎などが出現する。
□臨床症状,上部消化管内視鏡検査が必須である。重症度はロサンゼルス分類を用いる(食道炎)。
□胃切除時の迷走神経切離による胆嚢自体の収縮力の低下や胆汁うっ滞,胆道感染,血流低下などが誘因とされる。その他,コレシストキニン(CCK)の分泌障害,反応低下などによる胆嚢の収縮障害が認められることもある。
□腹部超音波で定期的に検査する必要がある。
□主に,消化吸収障害と経口摂取量の減少に基づく。胃切除後は食物が未消化のまま小腸に流入し,胆汁,膵液との混和が遅れ,胃酸による蛋白質の凝固機能が低下,消失することによって牛乳不耐症が生じる。また,小腸内の細菌叢の変化による消化吸収障害として脂肪の吸収障害が生じる。脂肪吸収障害は脂溶性ビタミン(A,D,E,K)やCaの吸収障害も引き起こす。
□血液生化学検査を定期的に実施する。
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