鉄道紀行の第一人者・宮脇俊三氏が、家族の風景と青春の日々を時刻表に重ねて振り返る体験的昭和史。角川ソフィア文庫より刊行
私は生来の鉄道ファンである。一般的に鉄道を好きになるような人は医療系の仕事を志すことが少ないためか、鉄道ファンの医師は比較的珍しいようだ。一般人口と比較すると鉄道ファンの比率が明らかに低いように思う。いい歳をして汽車ぽっぽなのはいささか恥ずかしいが、好きなのだから仕方がない。
鉄道に関しては本当にたくさんの本を読んだが、特に宮脇俊三氏の著作が印象深い。元々ある有名出版社の編集者であったが、国鉄全線を完乗し、その体験記を出版したのを機に紀行作家に転向された。鉄道に関する本を多数出版されたが、マニアにありがちな偏狭さはいささかもなく、ユーモアにあふれ、名文家でもあった。
特に戦前・戦中から終戦前後まで「鉄道は兵器だ。不急不要の旅行は控えよ」と言われていた時代に苦労して日本中を旅行した記録を集めた本書に深い感銘を受けた。軍国主義の台頭、戦争への道程、敗戦色が濃くなるにつれ国民が疲弊していく過程、戦中戦後の大混乱の様子が鉄道を通じてよく書かれており、平和のありがたみを再認識させてくれた。
私は高校生時代、本書のみならず宮脇氏の著作を全て集め、文章を記憶するくらい繰り返して読んだ。私の語彙の大部分は宮脇氏の著作から得られたと言っても過言ではない。また宮脇氏は地理・歴史に造詣が深く、美食家でもあり、それが著作に反映されているため大変勉強になった。
著作を通じて私の人生に多大な影響を与えてくれた宮脇氏だが、2003年、76歳で亡くなった。戒名は「鉄道院周遊俊妙居士」である。宮脇氏のような人生にあこがれているが、作家に転向して成功できるほどの実力が私にはない。