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【私の1冊】満州国演義

No.4926 (2018年09月22日発行) P.67

弦間昭彦 (日本医科大学学長)

登録日: 2018-09-18

最終更新日: 2018-09-18

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船戸与一著、新潮文庫。「王道楽土」満州国を主舞台に、日本と戦争を描き切る、著者畢生の大河オデッセイ

学習棄却の大切さ

船戸与一著「満州国演義」全8巻は、満州国建国から日本敗戦までの時代を麻布の名家の四兄弟それぞれの視点から描いたものである。四つの視点による広がり、その視点が日本、満州国、中国、南シナ、インドを移動することによるさらなる動的広がりと、激動の時代の時間軸を掛け合わせて、稀有なスケール感で描かれているといえる。読者を引っ張り込む実力派作家の文章にはまり、どっぷりとした感覚の疑似体験を味わった。

理想の国の建設という夢から、ノモンハン事件、ミッドウェー海戦、インパール作戦と進む中、帝国陸軍、海軍の内包した問題、環境適応能力・経験の不足した軍人の机上の論が通る日本軍と言う組織の状況を描きつつ、物語は絶望的空気の中、進んでいく。かつて読んだ「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」(中公文庫)とともに、日本人の国民性により陥りやすい誤りと現代日本が必要とする戒めを改めて強く意識できた。

外部環境の変化に適合し、既存の知識や様式を捨てる必要がある場合、学習棄却できる集団たりえるか、それがポイントであろう。日本で重用される多くの秀才は知識の記憶に優れているが、自己否定を含む柔軟な対応能力を有しにくい人々である。最終巻のポツダム宣言受諾からソ連侵攻の時、満州を襲った状況は日本人が犯した失敗の報いとして忘れてはならないものと思う。

生前、船戸氏とお話しする機会を得た。熱烈なファンを有する氏の魅力とともに、インパールへと向かう物語に際し、ミャンマーに出向き取材した作家としての気概が印象に残っている。小説内のエピソードに関する私の質問に対し、無言で浮かべた笑みは魅力的だった。 

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