前回(9月29日号)は、事故や外因死の予防であるsafety promotionにおいて、正確な原因を究明し、ニアミス例を収集して詳細に分析することが重要であることを述べました。それは医療事故においても例外ではありません。マスコミ等で医療事故に関する報道がなされるたびに、医療界における対応が不十分であるかのように理解されていました。しかし、医療事故調査制度の発足以前から、医療事故に対する自主的な予防対策が行われていたのです。
2004年から、日本医療機能評価機構の医療事故防止センターによって、「医療事故情報収集・分析・提供事業」が開始されました。すなわち、医療の質向上に向けて、事故例やニアミス事例を収集し、医療安全対策に役立てているのです。このように、医療界でも事故予防を目的とした取り組みを開始していました。しかし、あくまでも自主的な取り組みが中心であり、すべての医療機関が対象ではなく、一部の医療機関では医療安全に対する認識が不十分であるなどの点が懸念されていました。
そこで、すべての医療機関を対象に、医療安全を目的とした医療事故調査制度が発足することになりました。医療法第6条の11において、「病院等の管理者は、医療事故が発生した場合には、厚生労働省令で定めるところにより、速やかにその原因を明らかにするために必要な調査を行わなければならない」と明記され、2015年10月からこの制度が開始されました。医療の中で発生した予期しない死亡を調査し、共有することで、個人の責任追及ではなく、医療の質や安全の向上を目的とするものです。すべての病院、診療所、助産所の管理者には、診療行為に関する予期せぬ死亡例を、第三者機関に報告し、院内での事故調査を進めることが義務づけられました。
具体的には、まず診療行為に関連した予期しない死亡が発生した際には、遅滞なく医療事故調査・支援センターに届け、家族に医療事故調査を行う旨の説明を行います。院内では調査委員会を設置し、事故の発生原因や再発防止策を検討します。当然、正確な死因究明が重要ですので、遺族の同意の下に積極的に解剖が行われるように努力します。院内調査委員会は外部委員を交えて行い、調査結果を日本医療安全調査機構に報告するとともに、家族に説明を行います。
かつて、ほとんどの医療関連死は警察の範疇において処理されていました。すなわち、医療関係者を業務上過失致死事件の被疑者として扱い、死亡者に対して司法解剖が行われていました。しかし、診療に関連した死亡事例が刑事事件を前提とした取り扱いになることは、萎縮的な医療につながりかねません。また、医療における過誤の判断には高度の専門性を要すること、医師─患者関係は深い信頼関係に基づいていることなどから、届出制度を統括するのは、警察・検察機関ではなく、第三者から構成される中立的専門機関が相応しいとの考えが強まり、本制度の発足につながりました。
前回お話ししたとおり、正確な原因究明とヒヤリ・ハット例の解析をもとに、効果的な予防対策を講じることがシステムとして確立されました。医療事故をゼロにすることは困難です。しかし、医療事故死がゼロになる日は、遠くはないと思います。