高性能でありながら小型化を実現したポータブルエコーの普及が、在宅医療の現場で進んでいる。連載第7回では、在宅に必要な機能に絞り開発された低価格のポータブルエコーを駆使し、問診や触診、聴診といった従来の診療を補完するツールとしてエコーの所見を活用するクリニックの事例を紹介。今後の在宅医に求められる医療提供のあり方について考えてみたい。
【毎月第3週号に掲載】
在宅医療を受ける患者の多くは高齢者のため、泌尿器系の疾患・症状に対する診断や処置が訪問診療と往診における1つの重要なポイントとなる。中でも在宅医や訪問看護師が多く直面するのは、排尿に障害がある患者だ。膀胱バルーンカテーテルを留置している患者も多く、バルーンの状態や液体貯留など膀胱内を画像で直接確認することが適切な判断や処置につながる。
横浜市にある在宅療養支援診療所「みずほクリニック港北」の星名聖剛院長は、ポータブルタイプの“ポケットエコー”を常に携帯し、訪問診療を行っている。その理由について星名さんはこう語る。
「在宅医療で大切なのは医学的に正確な“診断”よりも的確な“判断”です。膀胱であれば、まず尿が溜まっているかどうかを確認します。理学所見からもある程度の診断をつけることは可能ですが、導尿して尿が出なかったというケースは少なくありません。エコーを使えば膀胱の膨張具合でどれくらい尿が溜まっているかがすぐに分かるので、導尿前に尿閉と無尿を鑑別することができ、導尿の必要性の有無をしっかりと判断できるようになります」
星名さんが使用しているのは、日本シグマックスの「ポケットエコー miruco(ミルコ)」(https://www.sigmax-med.jp/medical/product_miruco)。プローブとタブレットを合わせた重量はわずか460gで、持ち運びが便利だ。
mirucoの最大の特徴は、エコーでありながら19万8000円という価格。ポータブルタイプのエコーは複数社から発売されているが、設置型エコーと遜色ない画素数やカラードプラなど高性能・多機能を打ち出している機種とは異なり、mirucoが搭載する機能は在宅で必要なものに絞られている。プローブはコンベックス、モードはBモードのみで、星名さんは液体貯留の確認をメインの用途として活用している。
もともと訪問看護師が、肺と膀胱を描出することを想定して開発された装置のため、操作方法はシンプルで扱いやすい。タブレット上で部位や深さ、体型を選択し、あとは描出したい部分にプローブを当てるだけで簡単に画像を取得できる。計算・計測機能は搭載されていないが、画面に1cm刻みのスケールが表示されているため、おおよそのサイズなどは確認できる。
USB接続での画像取込みに加え、Wi-Fi環境下では画像を送ることもできるので、例えば①訪問看護で脱水を疑う患者に膀胱エコーを実施、②尿量が少ない膀胱のエコー画像を医師に送付、③医師の指示を受けて訪問看護師が点滴を行う―といった連携も可能だ。
mirucoの機能について星名さんはこう語る。「肺の画像はアーチファクトが入りやすいなど、使い方は限定されますが、心不全の可能性の有無くらいまでは判断できるので、在宅医療で必要な機能は十分搭載されていると思います。私が経験した症例では、腹痛を訴える患者さんに便秘を疑いエコーを当てたところ、膀胱の裏に塊があるのが分かり、婦人科で精密検査をした結果、初期の子宮がんが見つかったということがありました。在宅では提供できる医療が限られているので、早い段階で『何かがある』と分かることが大切なのです」
星名さんは2017年2月にmirucoを導入以降、初診患者には原則としてエコーを実施するようにしている。日々の訪問診療で星名さんがエコーの効果を実感したという症例の画像を紹介する。
Case①は、下腹部に痛みを訴えた患者のエコー画像。左画像には、膀胱内に丸い大きな塊が浮いているのがはっきりと確認できる。腫瘍を疑ったがバルーンを抜いてみると、実は膿だったことが分かった。導尿後は普通に会話ができるような状態に改善した。
右は同じ患者の膀胱洗浄後。塊は消えたが、膀胱結石が描出されている。再び感染の恐れがあるため、今後は経過観察をしながら専門医への受診を予定している。
Case②は、緊急で往診に出向いて腹部を描出した画像。「腹痛を強く訴えていて、触診で膀胱充満が確認できました。エコーで描出したところ尿閉が疑われ、軽度の水腎症であると判断しました。当然のことながら患者さんやご家族と一緒に画像を見ながら『ここに何かが詰まっているから病院で検査してみましょう』と伝えるのと『何か分からないけど、とりあえず病院に行ってください』とでは診療に対する納得度・満足度が大きく変わってきます。在宅ではこうしたコミュニケーションがとても重要なので、特にエコーの有用性は高いと感じています」(星名さん)
高齢者の増加に伴い、在宅医療でも質の高い医療を提供することが求められている。認知症や寝たきりなどでコミュニケーションを取ることが難しい患者も増える中で、どこまで高性能の医療機器を揃えるかは在宅医にとって大きな課題だ。
「あくまで診療の基本は問診や触診、聴診です。しかし従来の診療を通じて得た所見を、エコーで確認することは、より効果的な治療を行うために重要だと考えています。ハイスペックなエコーを導入する必要は必ずしもありません。正確な診断ではなく、『何かがある』もしくは『何もない』と患者さんやご家族に伝え、次の医療につなげることが在宅医やかかりつけ医に求められる重要な役割だと思います」(星名さん)