天皇陛下の冠状動脈バイパス手術の執刀医である順天堂大学の天野篤教授に、先日の順天堂大学循環器内科の同門会主催のフォーラムで久しぶりにお会いした。先生とは同年代で、20数年来の知己、循環器内科勤務医時代から、会えば熱く心臓臨床の話をし、個人的に三重県まで叔父の出張バイパスにおいで頂いたこともある。私が横浜市寿地区でNPOを立ち上げて、ライフワークとしての独居者の看取りの仕事を始めたときも、「心臓外科の教授職じゃなければ、いっしょにそういう仕事をしたいんです。がんばって」とNPOにエールの寄付を届けてくれた、そういう間柄である。
3年ぶりに会った彼からの質問。
「山中先生でしたよね、たしか、『左心耳取っちゃえば』ってアドバイスくれたの」。
へーそんなこと覚えてるんだと感心しつつ、「そうそう!『じゃまなものだから、せっかく外科で胸開けたら一番前に見えてるんだから、取っちゃえば』と軽く言いました」と返答。
驚くことに、彼は約20年前のそれ以降、手術症例の多数例に左心耳切除を追加し続けて2500例を超え、ナント天皇陛下もこの中に含まれていることを告白した。
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その軽口アドバイスには理由がある。
今回、「そのわけを活字にしておいてください」との天野先生からのリクエストを頂き、これを書いている。
当時から、「21世紀病の心房細動問題」は心不全と心原性脳梗塞という2大重篤合併症として、心臓内科医の間では学会でももちきりになりはじめた。長く循環器内科医をしていると、僧帽弁疾患や虚血性心疾患のみならず、たとえ孤立性であっても心原性脳梗塞に陥る患者の多さに辟易としはじめた頃であり、実際、小渕恵三元総理、長島茂雄読売ジャイアンツ終身名誉監督、オシム元日本代表監督(日本サッカー)などの著名人でもその病態を被るに至っていた。
今でこそ、治療方針としてアブレーションや直接経口抗凝固薬(DOAC)などの戦略があるが、当時はワルファリンにて予防をするのみ。診断方法として、体表面心臓エコーでは無力なため、左心耳の血栓の可視化には、経食道エコーや造影CTをわざわざ行うほど。外来にてルーチン化した治療ガイドラインもなかった。個人的にはせいぜい、心房細動を持つ冠動脈疾患の患者さんの心臓カテーテル検査時に、たまたま気が向いたように追加的な肺動脈造影を行い、そのLATE PHASEに映し出される左心耳の陰影欠損から壁在血栓の有無を推定、それ以上のさらなる精査を経食道エコーや造影CTに委ねていた。
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内科では、心房細動による心不全入院中に利尿薬や精神的ストレスにより凝固能が亢進したため心原性脳梗塞を惹起した症例も多く、そのような病態は外科においては周術期のさらなるストレスにてもっとリスクが増えるのでは?と懸念していた。高齢社会で手術対象年齢が上がり、さらなるハイリスクを承知の上で心臓の手術を行うのなら、周術期心房細動による心原性脳梗塞の回避には、せっかく開心しているのだから、目の前の左心耳切除をチョイと追加することがよいのでは?と彼に提起したのである。
以来、彼は順天堂大学にて医学的検証を重ねながら実行継続し、時期が来たら発表まで漕ぎ着けるとのこと。
彼と初めて会った20数年前。
私は循環器内科医として、横浜の郊外の新興住宅地にある病院で、数多くの術後バイパス造影を行っていた。ここには、全国津々浦々多数の病院で行われた手術後の高齢者が家族に呼び寄せられるカタチで集まっていたため、冠動脈バイパス手術の技術の差を否応にもみせつけられる経験をした。週刊誌で「名医」と紹介された先生のできばえが意外に惨憺たる結果であることも目にしつつ、「さすが」と感心するできばえの症例もあり、天野作のバイパスは後者の部類に入っていた。
そこで、初対面の彼に、イキナリ「手術って、その成功とは?いかに?」と禅問答のような質問をぶつけてみた。
答えは、「その患者が亡くなるとき、家族がふと気づくと、『そういえば昔心臓の手術をしたことがあったね』と言えたら」。
きわめて冷静に一言のみ。トリハダが立った。
やれ動脈グラフトだ、どこへつなぐのだ……との熱い答えを予想していた私は、このみごとな答えに絶句した。
それから長い年月が経過。
天皇陛下の術後記者会見にて。
記者質問「手術は成功ですか?」に対して、「陛下がご無事でご公務を再開されたら成功とお考えください」と。
テレビ越しに見た冷静な表情は、私への返答時と同じ。
記者一同、それ以上の質問が出るはずもなく、清々しいほどみごとな答えだった。
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臨床医、特に心臓を診る医師には内科外科を問わず一般にトリプルA(Aggressive, Active, Ambicious)タイプが多い。
彼も元はこの領域の人間であろうが、今の彼にはそれを重ね続けた仕事師にしか持ちえない、その上の超越世界の冷静さを感じる。
別れ際に、「天皇陛下が脳梗塞を発症されずにお元気でいらっしゃったら、先生のアドバイスが有効だったと思っていてください」と微笑んでいた。
Watchman Trial(JACC 2017)にみるように、左心耳血栓対策と心原性脳梗塞の予防の関連性は、もはや周知となりつつある。
陛下のみならず、順天堂大学にて天野先生より心臓手術を受けた患者さんの心原性脳梗塞の発症が有意に低率である、という結果が発表されることが待ち遠しい。
【参考】
▶ Vivek Y, et al:J Am Coll Cardiol. 2017;DOI: 10.1016/j.jacc.2017.10.021.