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リタ・レーヴィ=モンタルチーニ(人生の砂時計)[エッセイ]

No.4939 (2018年12月22日発行) P.66

植村富彦 (多摩病院)

登録日: 2018-12-23

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神経成長因子(nerve growth factor:NGF)の発見で1986年度ノーベル生理学・医学賞を米国のStanley Cohenとともに受賞したイタリアの女性医科学者の103歳の軌跡を著した書物の内容の一部をお伝えする。2008年にGiuseppina TripodiとRita Levi-Montalcini共著で出版された1)

R. Levi-Montalcini博士のあまりにも有名なNGFの偉大な発見、研究内容については既にこれまで数々の報告2)、書物3) が出版されているので、興味ある読者はそれらを参考されたい。本エッセイでは、これまであまり書かれていなかった2、3の事柄につき私見を交えて書いてみたい。

彼女は1909年4月22日にトリーノの裕福なユダヤ人家庭に双子として生まれた。他に兄、姉がいる。妹パオラは画家の道(作風は抽象画で、ジョルジョ・デ・キリコが雄牛を紋章とする美しい都市トリーノと彼女の紹介を執筆している)を、リタは医学の道を歩む。ヒットラー/ムッソリーニ2人組のアーリア系でない人々を虐待する人種法にて一時ベルギーに移った後、イタリアに戻り自室に小実験室をつくり研究を続けた。1946年、ワシントン大学のZoology部門の所長 Victor Hamburgerから手紙を受け、neuroembryology研究のためセントルイス(ミズーリ州)に旅立った。

トリーノ大学解剖学教室長Giuseppe Leviが新しいin vitro(シャーレ、試験管内)細胞培養法を導入し既に彼女も学んでいたが、同僚のHerta Meyerがリオ・デ・ジャネイロに移っていたため、この技術をさらに学びセントルイスの研究室にも導入すべくブラジルに数カ月行くことになる。もちろん、1人旅ではなく同伴者がいた。腫瘍を植え付けられた2匹のトポリーノ(小ネズミ)ではあるが。

セントルイスに帰国後、Victorから若い生化学者Stanley Cohenを紹介されNGFの本態を解明すべく協同研究者を得た。リタは毎日数十のニワトリの胚にネズミの悪性腫瘍肉腫(サルコーマS180)を移植し(この段階は骨の折れる忍耐を要する仕事であったと述懐している)、1週間後大きくなった腫瘍部(NGFを含む)をStan(Stanleyの愛称)に渡した。彼はNGF活性を持つ核蛋白分画を分離した。ここで、核酸か蛋白かを決めねばならない。彼は、同大学の生化学部門の所長Arthur Kornberg(1959年、ノーベル生理学・医学賞受賞)に相談に行った。所長は、核酸を分解するホスホジエステラーゼを含むヘビ毒処理を勧めた。

1959年4月のある朝、前日の培養を顕微鏡で見たリタは驚いた。ヘビ毒処理した腫瘍抽出液をかけたほうの神経節の周りに、驚異的な密度で神経繊維の増生〔太陽光のような暈、後光、アローネ(alone)〕が見られた。2つの可能性が考えられる。ヘビ毒が、何か腫瘍抽出液中の求めているNGF活性の抑制物質を取り除いたか、またはヘビ毒自身にNGFが含まれているか。約10時間後、すぐに後者の可能性が正しいと判明した。すなわち、腫瘍抽出物なしでもヘビ毒だけで、NGFの作用が出ることがわかった。蛇毒腺は哺乳類の唾液腺に相当するので、雄ラットの唾液腺(顎下腺)を調べたところ、多量のNGFが含まれることがわかり、精製するための十分な量が得られ構造決定に至った。Scienceではしばしばデイスカッション、他人の意見を聞くことが大変有用な例である。これによりリタはStanとともに1986年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

小生がIstituto di Farmacologia(Emilio Trabucchi) dell’Università di Milanoにいた頃、パヴィア大学(ゴルジ染色法で有名なCamillo Golgiやセロトニン発見者であるVittorio Erspamerが若い頃在学した)で開催されたリタさんのNGFの講演を1度聴く機会があった。あたかも19世紀頃の貴婦人を思わせる大変洗練されたエレガントな容姿であるが、一度壇上で講演を始めると、熱烈でその優雅な態度から大変なパッションが流れ出るような講演であった。Golgi(1906年、ゴルジ染色法、ゴルジ体の発見)、 Bovet(1957年、抗ヒスタミン薬とクラーレ様筋弛緩薬の合成)、Luria(1969年、ファージ抵抗性大腸菌突然変異株、ファージ自然発生突然変異の発見)、 Dulbecco(1975年、がんウイルスの研究)に次いで、イタリア人ノーベル生理学・医学賞受賞者名簿の5人目に女性で初めて載ることになった(ルリア、ドゥルベッコ、リタはトリーノ大学3人組)。現在、末梢神経系(脊髄神経節の知覚神経細胞、交感神経節の神経細胞)のみならず、中枢神経系にもNGF感受性の神経細胞(主にアセチルコリン作動性)の存在が報告されており、内因性NGFとアルツハイマー型認知症の関連が調べられている4)。また、統合失調症患者血清のNGF濃度低値が報告されており5)、大変興味深い。

彼女は科学研究に没頭する以外にも老年期に入り他者を助ける社会貢献に奔走した。1992年、妹パオラ(2000年9月29日、リタは2012年12月30日ローマで他界)とともにアフリカ諸国の若い女性の教育を支援すべくRita Levi-Montalcini 基金財団を設立し、2001年イタリア共和国元老院終身議員(senatrice a vita)に当時の大統領Carlo Azeglio Ciampi(カルロ・アゼリオ・チャンピ)により任命された。現在、日本も含め各国とも高齢化社会に入っている。老後を如何に過ごすか。リタさん曰く、「人生の勝負では、あらゆる時期に特に老年期に入るとより重要な価値ある切り札は、自身の内に秘めたる精神神経活動を活用する能力で示される」「脳細胞が減っても(知的好奇心で)樹状突起を増やしシナプスレベルで強化できるから大丈夫、かくして自分のものではない未来を楽しめる」と、リタさんの楽観的「老脳論」6)を読んで頂ければ大変参考になると思われる。

【文献】

1) Giuseppina Tripodi, et al:La clessidra della vita di Rita Levi-Montalcini. Dalai Editore, 2008./

2) 堀眞一郎:Levi-Montalcini 人と業績. 週刊医学界新聞, 1987;第1731号./p>

3) Rita Levi-Montalcini:Elogio dell’imperfezione, Garzanti Editore, 1987.:美しき未完成. 藤田恒夫, 他, 訳. 1990, 平凡社./

4) Olson L:Exp Neurol. 1993;124(1):5-15./

5) Bersani G, et al:Schizophrenia Res. 1999;37 (2):201-3./

6) Rita Levi-Montalcini:L’asso nella manica a brandelli. Baldini & Castoldi, 1998.:リタ・レーヴィ・モンタルチーニ:老後も進化する脳. 齋藤ゆかり, 訳. 朝日新聞社出版, 2009./

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