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新遺伝学用語の定着を祈る[炉辺閑話]

No.4941 (2019年01月05日発行) P.33

小林武彦 (日本遺伝学会会長)

登録日: 2019-01-02

最終更新日: 2018-12-25

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昨年、私が会長を務める日本遺伝学会はいくつかの遺伝学用語の変更提案を行った。マスコミ等の報道でご存知の方も多いと思うが、一番注目を集めたのは「優性」を「顕性」に、「劣性」を「潜性」に変えようというものである。理由は2つあり、1つは原語の“dominant”と“recessive”には「優・劣」の意味はなく、誤訳だからである。

実は、この訳語問題は遺伝学が日本に伝わった110年前に遡る。最初につけられたのが壓(圧)性・被壓性(1902年)で、続けて凌越・隠退(1903年)、顕在・潜伏(1905年)、顕・陰(1908年)、優・劣(1908年)等々、確認されているだけでも10種類以上の組み合わせが提案されている。まさに訳語の「戦国時代」。顕性・潜性が出たのは田中義麿『遺伝学』初版(1934年)で、この流れになるかと思いきや、経緯は不明であるが優性・劣性が教科書に使われ、定着した。一度定着した訳語を変更するのはエネルギーのいることである。

それでも日本遺伝学会が、今になって用語変更提案を行ったもう1つの理由は、「個人ゲノムの時代」を迎えたことにある。遺伝学についての正しい理解がないと、偏見や誤解、差別を生みかねない。できる限り中立的な意味の漢字を使うべきである。ちなみに、中国は科学に関する用語の多くを日本から輸入している。生物学、遺伝学もそのまま使われている。しかし、優性・劣性は使っておらず、顕性・隠性を取り入れた。さすが漢字発祥の国。意味の間違いをわかっている。もう1つ話題になっている用語は「色覚多様性」である。これまで「色覚異常」が使われてきたが、男性の5~8%がこの多様性を持っていることを考えると、「異常」ではない。「多様性」あるいは「個性」ととらえるべきである。そして、最も大切なことは色覚多様性があっても不便のない、「ユニバーサルデザイン」を社会に広めることである。日本遺伝学会は2020年に創立100周年を迎える。遺伝学とともに歩んできた歴史と責任を持って、これらの新用語が定着するように努力したい。どうぞご支援、ご協力をお願いいたします。

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