2018年に明らかになった医学部入試問題を俯瞰すると、医師の過重労働問題がやや意外な形で露見したものととらえることができるだろう。しかし、出産や育児に際して、一時的にせよ離職を余儀なくされるのは女性医師に限らないし、何らかの理由で就業を継続できなくなるリスクは、あらゆる労働者が共通して背負っている。この問題の根幹は、医学部の入学試験がそのまま就職試験としての側面を持ち合わせてしまっている実情の特殊性を除けば、知識労働者の働き方というテーマであることに気づかされる。
人類の労働史を振り返ると、約1万年前の農耕の開始以降、どの時代の労働者も社会構造の変化とそれまでの働き方とのミスマッチに常に苦しんできた。現代の知識労働の場合には、依然として労働の成果が時間や人員数に比例する第二次産業の発想で管理されていることもミスマッチの原因であり、多くの場合、その不具合のコストが健康と時間で支払われている。
働き方改革の実現にあたり、予防医学や産業医学の観点で「労働」と「時間」というものの関係性を見直すことが必要ではないだろうか。時間は決して万人が平等に利用できるものではないが、労働という営みを介して健康、情報、お金などと同様に、相互のトレードオフを可能にする生物学的資源としての価値を持っている。時間をコントロールする能力は健康管理にも必須と言える。知識労働者が柔軟な働き方と健康を両立し、生産性を向上するためには、次世代のタイムリテラシーの創造と啓発が必要であろう。
150年前の明治維新が国民にもたらした最大の恩恵のひとつは、職業選択の自由である。先人たちが失望しないような明るい社会にするために、私たちが担う役割は非常に大きい。