学生の頃に循環器内科教授の講義が病態生理を説明しており「面白い」と思ったり、また消化器外科ポリクリのときに担当教員(おそらく助教)に「消化器外科以外で将来有望なところはどこですか?」と質問したところ「今からは動脈硬化も多くなるし循環器でしょうかね?」という返答があり、その他いろいろな偶然があって、結果的に心エコー図検査を中心に活動する循環器内科医になりました。その中でも心臓弁膜症の診療に深く関わっています。
研修医として受け持った1例目も僧帽弁閉鎖不全症でした。卒後3年目になり心エコーを中心として活動するように、と当時の教授に指導され、毎日たくさんの症例の心エコー図検査を行いました。当時は弁膜症というとリウマチ性僧帽弁狭窄症がメインでした。60歳代ぐらいの若い患者さんが多く、しかも症状がかなり出現した後であり、僧帽弁狭窄症で巨大な左房内に複数個の血栓が見える人も結構いました。当時の心エコー法は、断層心エコー図・Mモード心エコー図・パルスドプラはありましたが、カラードプラは普及していませんでした。
弁狭窄症の診断は断層心エコー図で弁膜が十分開いているかどうかを見ればわかりますが、弁逆流があるかどうかは断層心エコーだけでは判断困難であり、聴診器で逆流性雑音があるかどうかを真剣に聴きました。これにより弁膜症があるかどうかの「定性診断」は何とかわかるのですが、重症度診断となるとかなり難しく、狭窄症であればカテーテルによる圧測定(たとえば、大動脈弁狭窄症であれば左室まで入れたカテーテルを大動脈まで引き抜き圧の変化を見る、僧帽弁狭窄症であれば左室拡張期圧と肺動脈楔入圧を同時記録してそれぞれの拡張期圧を比較する等)が必須でした。
逆流の重症度診断にはカテーテル造影を必ず行いました。当時は造影剤が良くなかったのでしょうか、造影直後に心停止が起こることがしばしばあり、その時に患者さんに咳をしてもらうと血圧が上がり心拍が再開すると教えられました。そのために、カテーテルをする前には予め患者さんに咳の練習をしてもらいました。「はい、咳をして下さい」、「……、ゴホッ、ゴホッ」、「それでは遅いです。『咳をして下さい』と言いましたら直ちに咳をして下さい。0.5秒では遅いです。はい、咳をして下さい」、「ゴホ、ゴホ、ゴホッ」、「はい、それで結構です。本番でもよろしくお願いします」、こんな感じがルーティンでした。治療は外科的弁置換術だけでした。当時の外科手術はそれほど安全ではなく、C型肝炎ウイルスも同定されておらず、術後には非A非B型肝炎にかかる人がとても多かったです。
現在では、病気自体が変わりました。リウマチ性僧帽弁狭窄症はほとんど見なくなりました。変性性の大動脈弁狭窄症が主な弁膜症となり、手術を受ける患者さんも平均80歳近くなっています。診断は心エコーでほぼすべてを行います。カテーテルを用いることはほとんどなくなり、むしろカテーテルで弁膜症の診断を行うことは造影剤使用やカテーテル操作による弊害(たとえば、大動脈弁狭窄症例でカテーテルを左室に挿入すると数%に小さな脳塞栓が出現する等)を引き起こし、行うべきでないという状況になりました。
診断技術も進み、弁膜の3次元構造(左房から僧帽弁を見るサージカルビュー等)が3次元心エコー図により明瞭にわかります。CTやMRIによる弁膜症診断も精度が高く、心エコー図では得られない情報が提供されます。治療も大きく変わりました。安全とは言い切れなかった外科手術の安全性が大きく向上し、現在の弁膜症手術死亡率は1~2%です。外科的弁置換術だけだったのが人工弁を使わない形成術も可能となり、患者さんのQOLも生命予後も格段の進歩を遂げました。さらに、最近ではカテーテル弁置換術や弁形成術まで可能となり、外科手術困難例の治療に役立っています。
治療の変化により診断もさらに大きく変わりました。弁膜症の有無や重症度診断だけでなく弁膜の3次元構造や治療中の弁膜をモニターし、治療をガイドすることがとても重要となりました。現在の弁膜症診療は患者さんにより優しく、病気にも有効となっていると思います。
私が研修医として第1例目を担当したのが37年前です。この間に病気も診断も治療も大きく変わりました。病気自体の変化はともかく、診療はとても良い方向に変わったと思いますし、これからも大きく変化することと思います。時代に合わせて今からカテーテル弁膜症治療を私自身が行えるようになれるとは思いませんが、医学教育(若手医師や心エコー図検査技師さん等)にはまだ頑張れるかもしれません。医学の進歩についていき、弁膜症の病態や最新の診断・治療を理解し、少しでも長く患者さんの役に立てるよう努力したいと思います。