大学を卒業した頃は、臓器別の専門医育成の真っ盛りで、ナンバー内科から臓器別内科に名称が変わってきた頃であった。漢方医学との関係は、学生時代に興味を持ち熱心に学んだことにある。私は意図して漢方の対極にある生命に直結する循環器内科に入ったが、この分野では漢方医学の知識はなくても過ごせるように思えた。
時代は流れ、当時の千葉大学学長の磯野可一先生により、全人的医療が重要性との先進的な考えと強い信念とから、2005年に千葉大学に漢方医学の科が創設された。私は幸運にも開設時から参画した。しかし、臓器別の専門医と漢方医学が交わることなど考えもつかなかった。最近、その考えが180度変わり、専門医こそ漢方医学を学ぶとよいのでは、と思うようになった。
さて、以前は心臓カテーテルや不整脈アブレーションなどの先端医療を20年間担っていた。その時のエピソードで、誤嚥には(漢方薬の半夏厚朴湯以外に)降圧薬のACE阻害薬が有用であることを循環器の入院患者のカンファレンスで発言した時のことであった。ACE阻害薬はACEを阻害するとともにブラジキニンなど喉の刺激物が増加し咳が出る副作用がある。その作用で嚥下反射が強まり、老人ではかえって誤嚥の治療になる。その際、「先生はいろいろ知っているね」と上司に言われた。その時は気にしなかったが、専門医が知らない意外な知識だったのかもしれない。
漢方薬治療をする上で、よくある病気の治療は現代医学・漢方医学を問わず知らなければ、どちらの治療のほうに有用性が高いか比較できないので、日頃からアンテナを高くして知識を蓄積していただけなのである。漢方薬を使うときの1つの利点であろう。ということで、最先端の治療を担う医師でも外来治療時には患者の訴えるよくある病気との知識のギャップを埋めるのに、漢方医学のような違った角度での治療(症状をターゲットとした治療:証)は、取り組みやすいと思うようになった。その上、漢方を学ぶと自然と全身に関心を持つので「専門医こそ漢方医学の知識が役立つ」という考えに至ったわけである。