動物は優れた能力を発揮しながら、生き延びている。カモノハシは神経組織が発達した嘴で獲物が発する微弱な電流をキャッチして捕獲する。ウマなどの草食動物は有害な草に近づくと顎の筋肉が脱力するため、毒草を避けて食べているという。人類もかつてはそのような能力を持っていたのだろうが、火を使い、煮炊きなどの解毒操作を身につける中で、失われていったものと推測される。
使用されない能力はやがて失われていくことを知らないといけない。しかし、今でも人体には原始的な能力が一部に残っており、それが示指と親指による把持力。この能力を利用したのが、元シカゴ医科大学大村恵昭教授が開発したO-リングテスト(Bi-Digital O-Ring Test)である。親指と示指でリングをつくり、自分の体に合わないものを近づけると把持力が弱くなるという。懐疑的な意見もあるが、窮地に陥った場合には試してみたくなるテストである。
私は長年、仙腸関節の痛みの特徴を調べる中で、痛いところを明確に示せる人が多いことを知った。それも手全体で示そうとすると曖昧だが、指1本、それも人さし指だと急に感度が増す。そこから、患者さんに最も痛い部位を指1本で差してもらうOne finger testを考案した〔Murakami E, et al:J Orthop Sci. 2007;12(3):274-80〕。このテストは仙腸関節の痛みを見つけるのにきわめて有効だが、他の関節や靱帯からくる痛みを同定するのにも役立つ。また、ブロック針が発痛源近くに達する高齢の患者さんでも、「いつもの痛みが来た来た」と訴える。そして、痛みの再現が得られたところに注射液を注入すると、明らかに効果とその持続が違う。人間、畏るべし!痛みの出処がわかるのである。痛いところを示せることで人類は治療点を知り、生き残ってきたのであろう。
昨今、「痛み悪玉説」が横行し、傷害などの危険を知らせる信号である痛みをマスクするオピオイド製剤の開発が盛んであるが、末期糖尿病のように、痛みを感じない体の悲劇を忘れてはならない。痛みは人類が生き延びる能力のひとつであり、それを的確に摑まえて治療に生かしていく医療が今後、益々重要性を増していくものと考える。