『医師の不足と過剰:医療格差を医師の数から考える』(東京大学出版会)、わたしなどがお褒めするのはおこがましいことだが、じつによく書けていて勉強になった。
まず、大学院博士課程進学や、法科大学院、薬剤師・歯科医師の育成との比較をふまえながら、「医学部はなぜ人気があるのか」が第1章で論じられている。
第2章では、軍医養成の時代から、国民皆保険による医療需要の増大をうけての「一県一医大構想」へ。そして、医師数抑制の時代を経て現在の医師不足といわれる時代までの詳細なデータが示される。
続く「医師の数はどう決まるのか」と「医師の分布は均一なのか」についての2つの章が、この本のメインといっていいだろう。医師の総数だけではなく、地域や専門分野の分布も考えねばならない。医師数の問題が一筋縄ではいかないことがよくわかる。
最後の第5章、「医師数の問題をいかに解決するのか」では、検討すべきさまざまな点が論じられている。しかし、適正数が示されている訳ではない。あまりにパラメーターが不確定で多すぎるのである。
厚労省「医師の働き方改革に関する検討会」の時間外労働の事務局案を見ただけでも、いかに難しいかがわかる。内容の詳細は省くが、施行されればどの病院も現有の医師数で運営するのは困難、いや、ほぼ不可能だろう。そう、この「改革」だけで医師が一気に不足してしまうのだ。
政策によって医師数は大きく変化する。そして、その変化は何十年にもわたって影響をおよぼし続ける。これは第2章で論じられている歴史からも明白だ。
政策だけでなく、医療の進歩、国民の年齢構成の推移、それに伴う疾病構造の変化、さらに、大いなる未知数であるAIの医療への導入の影響も計り知れない。患者の医療に対する意識変化もあるだろうし、必要な医師数の正確な未来予測など不可能だ。
さて、医学生の適正定員はどれくらいなのか。少なすぎたら困るし、多すぎるのも問題だ。過剰定員の問題は、卒業して医師以外の職業につく人がある程度いれば緩和されるはずだが、「8年制の専門学校」になってしまっている現状ではそれも難しい。
我が国の医療の将来を考える上で、医師はもちろんのこと、医学部を希望する若者たちこそ、この本を読むべきかもしれない。
なかののつぶやき
「データは詳細にして論理は緻密。国立病院機構の理事長などを歴任された東大名誉教授・桐野高明先生がお書きになられた本です」