わが国では、何らかの疾病により医師の診断や治療を受けていた人がその病気で死亡することを、普通の死と呼びます。これに対して、原因不明の突然死や事故死、自他殺などは、いわば異状な状況下で亡くなったと考えられることから、異状死と呼びます。すなわち異状死とは、確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかな死以外のすべての死のことです。
このような異状死について正確な死因を明らかにすることは当たり前であるため、多くの方は疑問を抱かないと思います。その目的を改めて整理すると、①死者の尊厳の維持、②死者と家族に関する権利(相続、保険金、賠償金等)の維持、③公衆衛生の向上(事故や感染症の解明と拡大の予防)、④犯罪の解明と治安の維持、⑤医学の進歩への貢献─となります。
2007年6月に愛知県で17歳の力士が死亡する事件が発生しました。全身傷だらけの心肺停止状態で搬送された男性に対して、当初、安易に「心臓死」の死因がつけられました。後に新潟県で解剖が行われ、死因は外傷性ショックと分かりました。相撲部屋で暴行を受けた結果死亡した時津風部屋力士暴行死事件です。このような死因究明をめぐる不適切な事案が相次いだことから、死因究明と身元確認の実施に関する体制の充実強化が喫緊の課題とされました。
そこで政府は2012年6月に「死因究明等の推進に関する法律」と「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」(死因・身元調査法)を国会で成立させました。これらの法律において、死者や遺族等の権利・利益を踏まえ、死因究明を適切に行うことが生命の尊重と個人の尊厳の保持につながるとの基本的認識が明らかにされました。
そして、犯罪に起因した死であるか否かの適正な判断の確保、公衆衛生の向上や関連する制度の目的の適切な実現に資するべく、死因究明が社会的に重要な位置づけであることが示されました。2014年6月には死因究明等推進法の第7条に基づく「死因究明等推進計画」が閣議決定され、政府は関係府省庁が連携して死因究明等に関する施策の推進を図ることと明確化されました。
ところで、この死因究明等推進法ですが、時限立法であったため、2014年9月20日で失効してしまいました。しかし政府は、失効後も推進計画に基づき、施策の管理・調整等を行う体制を整備することとしました。そして、本年6月6日に「死因究明等推進基本法」が成立し、6月12日の官報で公布されました。2020年4月から施行されます。
この法律の目的は「死因究明等に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって安全で安心して暮らせる社会及び生命が尊重され個人の尊厳が保持される社会の実現に寄与すること」です。当たり前のことが、法律で明記されました。そして、同法の第7条では「医療機関、医師、歯科医師その他の死因究明等に関係する者は、死因究明等に関する施策が円滑に実施されるよう、相互に連携を図りながら協力しなければならない」と記されています。したがって、異状死などに関して、地域の先生方にはさらなるご協力をお願いすることになります。その節はどうぞよろしくお願いいたします。