皆様のお記憶にもあるかと思いますが、2005年4月にJR福知山線の脱線事故が発生しました。死者が107人、負傷者が562人という大惨事でしたが、阪神淡路大震災の教訓から現場でのトリアージが円滑に進みました。特に、死者107人中約100人が現場で黒タッグをつけられ、近隣の医療機関に搬送されることはありませんでした。そのことが、医療資源の有効利用につながり、多くの混乱を避けることにつながったと、救急医療関係者の間では一定の評価を得ました。
しかし、被災した家族は、突然の死に直面したうえ、黒タッグがつけられたが故に搬送さえしてもらえなかったことに二重のショックを受けました。さらに、発見時の状況が詳しく聞けなかったこと、死因に対する説明が乏しかったことなどで、悲嘆反応や心身の不調が遷延しました。特に災害時には、突然家族を失った悲しみと、変わり果てた姿をみることで、遺族は強い精神的ダメージを受けることになります。このように、大規模災害の急性期においては、遺族に対する心のケアが必要とされるのです。
災害時の心のケアについて、厚生労働省は2013年の4月に災害派遣精神医療チーム(Disaster Psychiatric Assistance Team: DPAT)活動要領を発しました。DPATは被災地域の都道府県の派遣要請により被災地域に入りますが、大規模災害などの後に被災者および支援者に対して、精神科医療および精神保健活動の支援を行うための専門的な精神医療チームです。
実際にDPATは、甚大な被害を受けた精神科医療機関の機能を回復することが主たる活動となり、機能停止した精神科医療機関からの患者搬送、物資の支援、人員(医療従事者)の支援などに従事します。さらに、避難所や在宅において精神疾患を持つ被災者への医療的支援、災害のストレスなどによる精神的諸問題を抱える人への医療的対応を行います。したがって、家族を失った被災者に寄り添う余裕がなく、急性期から遺族に対する心のケアを行うことは困難です。
被災者遺族に対する急性期の心のケアでは、黒タッグがつけられた遺体が安置されている場所で活動する必要があります。すなわち、避難所や被害を受けた精神科医療施設とは活動場所が異なります。さらに、死体検案や身元確認等の業務に対する理解や警察官との連携を深める必要があります。
したがって、これに特化したケアチームが必要なのです。災害死亡者家族支援チーム(Disaster Mortuary Operational Response Team: DMORT)は災害急性期に遺族支援を行う医療チームです。医師、看護師などの医療従事者が遺体安置所などで災害死亡者家族の支援を行います。
わが国では、日本DMORT研究会が中心的に活動していますが、滋賀県ではDMORTが災害急性期から遺族支援を行うシステムを提案し、2016年度から県における大規模災害訓練で実践しています。日本DMORT研究会とともに訓練を行って、県内の医療従事者がDMORTの一員として実践できるようになっています。
遺された家族の悲嘆を少しでも緩和できるよう、有事の際に向けた準備を行っています。