クリスマスの日に若い女性を診察した。記憶にはなかったが、カルテ画面をみると9月中旬に受診していた。その時の症状は咽頭痛と咳であり、鼻粘膜に強い乾燥があるものの、咽頭粘膜の発赤はみられないと記載してあった。その頃、同じような症状と所見がみられる患者が多数受診しており、「鼻粘膜の乾燥を放置しておくとクリスマスや年末年始の大事な時期に風邪をひいたり、インフルエンザになりますよ」と言うのが常であった。ここ数年の経験から、鼻粘膜の乾燥が上気道炎の引き金になると感じていたからである。その言葉を彼女はしっかり覚えていたらしい。クリスマスの2日前から39℃の発熱があり、解熱剤を服用しているが体がだるいという訴えであった。非接触型の体温計では37℃しかなかったが、念のためインフルエンザの迅速検査を行うとA型インフルエンザであった。まさに9月中旬に言った言葉が的中したことになる。インフルエンザの流行はこれからという時期での感染であった。
古くから鼻の機能低下が気道に与える影響については言われてはいるものの、鼻の粘膜の乾燥とその機能の重要性については社会的にほとんど認知されていない。ドライアイやドライマウスという言葉が社会的な定着をみているのとは違い、ドライノーズという言葉はあまり聞かない。
しかし鼻の粘膜の乾燥が気道だけでなく、口腔、咽頭などの多彩な症状の原因となっていることや、黄砂をはじめとする大気汚染物質の蔓延、花粉の飛散、粘膜の乾燥をきたす薬剤の濫用、不必要な口腔衛生商品の氾濫などによって誘発されている可能性があることから、もっと目を向けられるべきであろう。
鼻粘膜は繊毛を持つ細胞が主体で、その中に分泌機能を持つ杯細胞が散在する呼吸上皮であり、表面が湿潤することによって繊毛機能が発揮される。これがバリアの役目を果たしている。鼻粘膜の乾燥は粘膜機能の破綻につながり、花粉などの特異抗原への反応性の亢進だけでなく、非特異的な刺激、たとえば温度差やタバコの煙、芳香剤などに対しても過敏になる。また容易に感染を引き起こし、反復、遷延化の原因にもなっている。さらに吸気・呼気の加湿・加温といった鼻の機能低下が、気道だけでなく周辺器官の異常をもたらす一因ともなっている。
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