熊本県玉名市の実家の南の窓を開けると、正面に見えるのは雲仙岳です。
それがどうした、と思われるでしょうが、雲仙岳は長崎県の、島原半島に聳える山なのです。平成3(1991)年の大火砕流が起こったときも、噴火の煙が手に取るように見えました。玉名市から阿蘇山は見えないけれど、雲仙は指呼の間。有明海に続く島原湾が横たわっているだけなので、海という隔たりがなければすぐ隣の町なのです。フェリーに乗り島原半島に上陸すると、雲仙岳を背にして海がある。私にとってこの事実はコペルニクス的転回をもたらしました。地図がひっくり返ったのです。海岸から遮るものなく一気に山頂まで望めるので、島原の人にとっての雲仙岳は、山というより屏風かもしれません。
逆方向から熊本を見てみたい。一筆書きで周ってみたい。「コペ転」を探すべく、熊本~長崎一周の旅にいざ出発。
朝7時、熊本駅から新幹線で新鳥栖へ。ここで長崎本線に乗り換えます。
鳥栖。へんてこな名前でしょう。『魏志倭人伝』では既に對蘇(つさ)と紹介され、大和政権時代の呼び名は鳥巣(とりのす)、江戸時代では何と対馬藩の飛び地となっていました。九州自動車道のインターでみれば手前が久留米、次が筑紫野、いずれも福岡県です。ちなみに対馬は現在では長崎県。鳥栖市の所属が紛らわしかったのですが、近年は間違える人が少なくなりました。Jリーグでサガン(佐賀の)鳥栖が活躍してくれたおかげです。
鳥栖は薬の産地で、サロンパスの久光製薬もここが本拠地。鳥栖駅は駅弁のみならず、立ち食いのかしわうどんも知る人ぞ知る絶品グルメ。どちらも食べたいが朝の8時では昼ごはんには早すぎる。いなりずし2個150円ナリを注文すると、ビニール袋に「はい」と投げ入れて(包んでではない)くれます。
長崎本線ではのんびりと、鹿島市から諫早市まで、海を左手に見ながら進みます。
諫早はクジラも取れる豊饒の海だったのに、干拓で一気に陸が広がったというより、海がなくなってしまいました。これはよそ者からすれば悲しいことです。タイラギをはじめとする海の幸が絶滅寸前なのですから。
諫早から一山越えると長崎市。名だたる観光地には目もくれず長崎半島の東、茂木の町へと向かいます。
長崎半島を横断するので遠いというイメージがあったのですが、タクシー代は3000円ちょっとしかかかりません。これが熊本だと市内から熊本港まで4500円ほど払うのですから、こちらのほうがずっと遠い。長崎の奥座敷として料亭が立ち並んでいることも知りませんでした。地元の人が求める本物の海の幸があるようです。
茂木の名産はビワ、それに一○香(いっこうこう)という不思議なお菓子。齧ると中が空洞になっていて、驚かれること請け合いです。
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