近年、わが国では交通事故死傷者数が減少傾向にあり、2019年の死者数は3215人、負傷者数は46万715人です。この背景には、シートベルト着用率の向上、エアバッグなど乗員安全装置の進歩、飲酒運転の厳罰化などが挙げられます。
現場におられる先生方は、近年、大きな事故で多発外傷を負う患者が少なくなったと実感されていると思います。わが国における外傷データバンクで、近年10年間の自動車乗員交通外傷患者の特徴を比較しました。すると、10年前に比べて外傷患者の平均年齢が約8歳増加し、死亡率は約半減していました。したがって、省庁の統計と同様の傾向を示していました。今後のさらなる死者数低減を図るためには、死亡に寄与する因子を明らかにし、それを払拭する必要があります。
外傷データバンクのデータを用いて、自動車乗員の死亡に寄与する因子を調べました。その結果、10年前と近年のいずれにおいても、高齢者、腹部損傷の重症度が高いことが挙げられました。
高齢であることが死亡に関係することは理解できます。近年ではほとんどの乗員がシートベルトをしているので、腹部損傷の重症度が高くなる要因が何かを考えました。そこで考えられたのが、シートベルトによる腹腔内損傷です。そして、これが生じる原因の1つとして挙げられるのがサブマリン現象です。
シートベルトは乗員をシートに拘束し、衝突時に乗員が客室内と接触することや車外放出されることを防止しています。シートベルトは鎖骨、胸骨、左右の上前腸骨棘を固定しますが、腰ベルトが上前腸骨棘から外れて腹部に食い込むことがあります。あたかも体が下に潜り込むようになることから、この現象はサブマリンと呼ばれています。腰ベルトが腹部に食い込むことで、腸間膜や小腸損傷、結果として肩ベルトが首にかかり、頸部の損傷を来すことがあります。
ある救急医が、事故後に救命救急センターを受診した自動車乗員の中で、外表にシートベルト損傷がある14例について検討しました。その結果、4例で明らかにシートベルトの着用位置が不適切であったと判断され、小腸または腸間膜損傷が2例、腹壁筋膜下血種が1例、肩ベルトが頸部にかかることで生じた頸部皮下血腫が1例に認められました。
このように、サブマリン現象は決して稀なものではないのです。
サブマリン現象は、腰ベルトが上前腸骨棘から上にずれることで生じます。したがって、骨盤が後ろに回転する(傾く)ことや、骨盤の沈み込み量が大きくなると生じやすいと言われています。すなわち、過度にリクライニングした姿勢で運転するのは危険です。
また、シートベルト着用時に、すでに腰ベルトが上前腸骨棘にかかっていないこともあります。後部座席に乗車した男性の4割で、腰ベルトが上前腸骨棘にかかっていなかったという報告もあります。したがって、ただシートベルトを締めるだけではなく、腰ベルトがきちんと上前腸骨棘にかかっているか確認することが重要です。
以上がもしもの時の重症損傷を防ぐための予防策となります。