徒歩目付は玄昌に評定所の召喚状をつきつけ、「神妙にいたせ。ご公儀の糾問である」と鋭い声を出した。「その方、異国人に内通して国禁の品を渡した重大な嫌疑がある。その罪状によりわれらは評定所よりその方の捕縛許可を与えられた」
徒歩目付の命令一下、捕吏たちは紺染めの縛り縄を取り出した。玄昌は玄関の土間に座らされ、両手を後ろに回して首から肘と手首に縄をかける二重菱縄で括られた。屈辱のあまり気が遠くなりそうだった。さらに唐丸(鶤鶏)駕籠に押し込められ、数寄屋橋御門内の南町奉行所まで護送された。
奉行所では南町奉行の筒井伊賀守より未決囚として牢屋入りを申し渡され、厳重な警固のもとに小伝馬町の揚屋(座敷牢)に閉じ込められた。
翌日、牢屋から評定所へ連行され、目付の山岡五郎作より訊問を受けた。奉行の筒井伊賀守と大目付の村上大和守がその場に立ち会った。
山岡は玄昌に目をすえると棘のある口調で問い糺した。
「西の丸侍医の土生玄昌、その方、本丸侍医の土生玄碩に従い、蘭医シーボルトに葵の御紋服を与えたであろう。なにゆえ国の掟に逆らう大罪を犯したのだ」
玄昌は即座に否定した。
「手前は決してそのような曲事はいたしておりませぬ」
「隠し立てはならぬぞ。その方の父玄碩は息子も幇助いたしたと白状しておる」
「たしかに手前は鰻の蒲焼や国貞の浮世絵などを蘭人医師への手土産に贈りました。眼疾治療に有用な開瞳薬の薬方を教えてもらうためです。しかし御禁制の葵の御紋服を贈ったことはございません」
そしてこれだけはいっておきたかった。
「義父があえて御禁制に触れたのは決して私利私欲のためではございません。蘭人医師より開瞳薬の薬方を受ければ眼疾に悩むすべての患者に裨益するところが大なりと、伝授の代償に蘭人医師が所望する葵の御紋服を贈ったのでございます」
奉行の伊賀守が微かにうなずくのを玄昌は見逃さなかった。
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