きっかけは、学生時代の実習で、劣悪な生活環境のため肛門から蛆虫が出てきた方に出会ったことでした。生活上の困難を抱え、まともに医療にかかることができない方に、いったい何ができるのか。初期研修、そして専攻研修を修了し、朧気ながら見えてきたことは、私を含む多くの医療者は、困っている患者を適切な医療から排除しているのではないか、ということでした。たとえば、夜勤の仕事をしているが経済的に安定していない方は、医療者からすれば、生活習慣を一向に見直さず、インスリン治療を推奨しても従わない患者に見えてしまうかもしれません。そして、身勝手で自堕落だとレッテルを張られ、適当にあしらわれてしまう。「良質な医療ケアは必要な人ほど手に入りにくい」というこのような現象はinverse care lawと呼ばれており、臨床家が患者の社会的背景を知ることの重要性を示しています。
金銭、就労、住居、教育など健康に影響を与える種々の要因を「健康の社会的決定要因」(social determinants of health:SDH)と言います。診察室で医療者が目の前の患者に対しできることは何か。SDHを踏まえた診療を行う医療者にはどうすればなれるのか。この疑問に対する1つの具体的な回答として、臨床現場で活用できるSDHの評価ツールである社会的バイタルサイン(social vital signs:SVS)の開発と実践を、有志で行っております。患者を取り巻く社会的背景をHEALTH+Pの項目で評価するものです(具体的には下記の通り)。幸いなことに、様々な現場で使っていただいているようです。
H:human network and relationships(人間関係、近所付き合いなど)
E:employment and income(仕事、収入、経済状態など)
A:activities that make one’s life worth living(生きがい、趣味など)
L:literacy and learning environment(リテラシー、学習環境)
T:taking adequate food, shelter, and clothing(衣食住)
H:healthcare system(医療機関とのかかわり)
+P:patient preference and values(患者の価値観、好み)
臨床家(家庭医療)としても研究者(医学教育学)としても走り出したばかり、浅学菲才の身ですが、引き続きSDHと健康格差の問題に自分なりに向き合っていきたいと考えております。