東洋医学的な治療手法としては,湯液(漢方薬)治療の他に,鍼灸,あん摩マッサージ指圧などが挙げられる。
在宅医療では,現代医学の先端医療機器を導入することがしばしば困難であり,診断情報に限界がある中で決断を迫られる局面が少なくない。一方,東洋医学的治療手法を発揮するためのすべての情報は,在宅で最もよく入手しうる。患者の語りを聞き取り,暮らしのあり方を体感し,脈をとり,舌を診,腹を触ることで得られる病態把握は,患者の解釈モデルにより近いものであり,かつ治療方針をその場で決定・実行しうるものである1)。
在宅医療は全科診療的であるだけでなく,心身医学的な機能を帯びることになるが,東洋医学の臓器横断的,心身相関的なアプローチは在宅医療と親和性が高く,実際の効果としては現代医薬の多剤併用,慢性・反復使用の解消などが期待できる。
また在宅患者は高齢者をはじめとして担癌患者,障害を持つ小児など,いわゆる虚弱な状態にある人が多いであろう。東洋医学においてはそうした「虚」の状態にある人に対する治療方略が早くから確立していた。すなわち,対象者の体力・気力を損なわないよう病的因子を取り除いたり症状を軽減したりする方法や,より積極的に体力・気力を補う方法である。
本項では医療用漢方製剤を用いた治療について述べる。
「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」2)における「漢方薬・東アジア伝統医薬品」の章では,「高齢者に有用性が示唆されるわが国の医療用漢方製剤」として抑肝散,半夏厚朴湯,大建中湯,麻子仁丸,補中益気湯を挙げ,それら方剤の推奨される使用法および注意事項について概説している。これらのうち,抑肝散と半夏厚朴湯の使用できる病態につき,他の処方選択とともに述べる(本項の記述は同ガイドラインを参考にしているが文責は筆者にある)。
一手目 :抑肝散1回1包1日1~2回
認知症の心理・行動症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)に対し広く用いられている。特に易怒・易興奮に有効であるほか,幻視についても有効性が報告されている。用法・用量は2包1日2回(朝・夕食前)が標準的であるが,レビー小体型認知症に対しては1包で十分効果がある場合が少なくない。不眠に対しては就寝前に,夕方になると落ち着かなくなる,いわゆる「夕暮れ症候群」に対しては15時に服用させる。甘草含有製剤であり,偽アルドステロン症に留意する(他の甘草含有製剤についても同様)。
同剤はまた,原典「保嬰撮要」(16世紀の小児科専門書)において「子母同服」と記載された方剤であることからも,在宅医療に与える示唆の大きい方剤である。母子関係のみならず家族間の力動が症状形成,特に精神症状の出現に大きく関わっている場合には,同居者同士で証が共有され,抑肝散のみならず処方が似通ってくることを少なからず経験する。また,患者・介護者双方に同じ漢方薬を処方することは,在宅における家族療法の,東洋医学的発露と言えるものである。
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