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高齢化社会で起こる中毒事故[先生、ご存知ですか(42)]

No.5070 (2021年06月26日発行) P.66

一杉正仁 (滋賀医科大学社会医学講座教授)

登録日: 2021-06-23

最終更新日: 2021-06-22

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増加する認知症の高齢者

わが国では高齢化が急速に進み、国民の28.7%が65歳以上の高齢者です(2020年)。高齢化に伴って認知機能が低下する人も増えており、内閣府によると2012年に462万人(高齢者の約7人に1人)であった認知症患者数は 2025年には約700万人(高齢者の約5人に1人)に増加するとのことです。このような社会を受けて、政府は認知症施策総合推進戦略において、認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指すことを掲げています。

さて、高齢化に伴って、救急車で搬送される高齢者数も増加しつつあります。複数の救命救急センターの統計によると、救急搬送される患者の4割以上が65歳以上の高齢者とのことです。そして、自殺や他殺を除いた不慮の中毒患者数も増加しているようです。高齢化社会では、予想もつかないような中毒事故が発生して死者が出ています。

ある高齢者施設での事故

認知症患者さんが入所している高齢者施設で起こった事故です。感染予防対策として、各部屋の入り口には手指消毒のために消毒液が設置されていました。認知症に罹患している5人の高齢者(70~90歳代)が一部屋で生活していました。ある日、1人が消毒液のボトルを手に取って、それを湯呑み茶碗につぎ、同室の4人に配りました。配られた4人のうち1人が多くを飲み干しました。すると、直後に舌や口腔の痛みを訴え、嘔吐しました。徐々に意識レベルが低下したため、直ちに病院へ搬送されましたが間もなく死亡しました。

剖検によって、口腔から消化管粘膜のびらんや炎症性変化が見られました。また、血液中から消毒薬の成分である塩化ベンザルコニウムが検出されました。認知症の患者さんが、消毒薬をお茶と認識して同室の人に配ってしまい、それを飲んだ高齢者が塩化ベンザルコニウム中毒で死亡したのです。

自宅での事故

アルツハイマー型認知症に罹患していた70歳代の患者さんが自宅で家族と暮らしていました。家族が目を離した際に、自宅にあった芳香のある虫除け剤(液体のもの)を飲んで倒れていました。患者さんの口からは特徴的な芳香が確認されました。直ちに救急車で病院へ搬送されましたが、心肺停止状態で間もなく死亡が確認されました。

剖検時に、芳香がある液体が胃内に認められ、経口摂取したことが確認できました。また血液および胃内容物中から虫除け剤の成分である界面活性剤が検出されました。したがって、虫除け剤を服用したことによる界面活性剤中毒で死亡したことがわかりました。

高齢者への見守り

多くの家庭では、子供が異物を誤飲しないように、ボタン電池やピーナッツなどを手の届くところに置かないように気を配っています。しかし、今回のように認知症に罹患した高齢者が異物を誤飲して死亡する実態が明らかになりました。消毒液や虫除け剤などは衛生目的で置かれていることが多いのですが、これを飲用すると死亡する危険があります。高齢化が進むわが国では、高齢者に対する見守りが、まず求められているようです。

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