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最後の講義[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(360)]

No.5071 (2021年07月03日発行) P.67

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2021-06-30

最終更新日: 2021-06-29

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本年度の病理学総論の講義、定年前の最後の講義、が終わった。教える内容のメインはもちろん病理学だが、繰り返し強調するのは「勉強の方法論」の重要性である。

小学生時代から塾通いで勉強漬け。それも、単なる記憶とパターン認識を鍛えるための問題演習ばかり。大学に入ったらそんな勉強法は決して通用しないから考え方を改めるようにとしつこく言い続ける。

もうひとつは、膨大な医学知識をすべて記憶するのは不可能なのだから、まずは原理原則をしっかり覚えて、そこに枝葉をつけるようにしていくこと。そうすれば、大きな間違いは絶対にしないからと強調する。
3~4割の学生は、「先生に言われて目が覚めました」と殊勝なことを言ってくれる。それに対して、シニカルに「洗脳」と揶揄するような学生がいるのには困ったものである。

試験問題は思いっきりやさしくした。しかし、どうにもいったん思い込んでしまうと、そこから抜け出られない、抜け出ようとしない学生が結構いるのが気になった。たとえば、つぎのような穴埋め問題である。

「浮腫の成因を考える時に重要なのは、(12)、(13)と(14)である。(12)は心不全などで(15)が悪くなった場合に生じる。」
点を差し上げるために作った基本中の基本問題である。正解は(12)が「静水圧の上昇」、(13)と(14)が「膠質浸透圧の低下」と「リンパ管の閉塞」、(15)が「静脈灌流」。ところが、(12)に「静水圧」とだけ書いている学生がかなりの数にのぼった。

一つ目の文章なら「静水圧」でもいいのだが、二つ目の文章だと意味が通らない。もう一問、半数以上の学生が,誤ったパターン認識による間違いを書いた問題があった。
よく読めばわかるはずなのに、一度書いたことを正しいと思い込んでしまうと軌道修正が効かない学生たち。たいしたことないと思われるかもしれないが、これはかなり由々しき問題ではないかと考えている。

自分が下した判断、あるいは、自分が下そうとしている判断が誤っているのではないかと疑う謙虚な気持ち。それは医師として絶対に必要なものだ。おかしいと気づくチャンスがあるのに見逃してしまうようなことは何としても避けなければならない。

「君らは根本的に考え方を変えないとあかん。でないと、将来困るで」これが老教授からのラストメッセージとあいなりました。

なかののつぶやき
「今回のエッセイに書いたようなことがどうして起こるのか。受験勉強で培ってしまった思考パターンの影響かどうかはわかりませんが、なんとなく関係しているのではないかという気がします。阪大医学部に入学した『勝ち組』意識からくる無意識の自信過剰もあるのかもしれません。相当数の学生がパターン思考で導いた誤答から抜け出られなかったということには、ちょっとショック。これはもう、どこから教えてええんかわかりませんわ」

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