Aさんに最初に会ったのは、ICUの病室であった。海外から旅行中の若い女性が敗血症性ショックになっているとのことで、相談を受け診察しに行った。Aさんは鎮静・挿管され、多臓器不全の重篤な状態であった。感染症医として私の仕事は、臨床像からこの状態に至った原因について考え、抗菌薬をはじめとする適切な治療についてアドバイスすることであった。その後、何とか多臓器不全の状態は脱し、内腸骨静脈血栓性静脈炎・菌血症、多発肝膿瘍・敗血症性肺塞栓と診断もついた。
一般病床に移るに際し、私が主治医としてAさんを担当することとなった。急性期は脱したものの、血栓性静脈炎が原因と思われる発熱が数週間にわたって持続した。旅行で訪れた異国の地で、思わぬ病気を患い、言葉の問題で医療スタッフとの会話もままならず、ひどく不安な日々を過ごしているようだったが、看護師さんを含めた病棟スタッフの懸命なケアによって徐々に不安も和らいでいった。そして身体的にもゆっくりと回復していき、保険会社との交渉の末帰国するための航空便の手配も済み、約6週間いた病棟から笑顔で退院していった。
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