もう70年ほど前の話である。終戦の翌年に旧制中学に入学し、新制高校となった3年生の10月から1年間入院した。戦前の陸軍病院であり、戦争中の傷病兵の方々がまだ入院されていた。当時は医学も治療方法も戦前の医療と変わらず、医薬品も少なく点滴注射などもなく、開腹手術を3回受けたが腰椎麻酔もあまり痛みがとれず、激しい痛みのため悲鳴をあげながら手術を受けた。
腸切除を受けた患者は、術後には1滴の水の摂取も禁止されていた。術後は、両大腿皮下にリンゲル液を注射され、パンパンに腫れた脚を母が懸命に揉み解していたことを今でも思い出すことがある。ある日、高熱を出し意識が無くなったらしく、目覚めたらベッドの周囲に両親や兄弟などがいたことに気がつき、危篤状態になったことを知った。
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数日して、傷病兵の患者さんから、「うどんが手に入ったので、焼きうどんをつくったから食べよう」と誘われた。こんな美味しいものを初めて食べた。うどんを食べながら、また、1カ月後に手術が予定されるが、絶対手術はいやだし逃げ出したいと相談したら、「俺の経験から、飯が美味くなったら病気は絶対治るので、心配するな」と勇気づけられた。
恐る恐る医局の主治医に手術の延期をお願いに行き、許可を得ることができた。その後も食事が美味しくなり、痩せこけていたが少し元気が出て4カ月後に退院することができた。主治医に退院のお礼に伺ったら、「本当によく頑張ったね」、「今度はお医者さんになって来なさい」と励まされた。まったく勉強する時間もなかったが、主治医のお世辞を真に受け受験したら医学部に合格したのには驚いた。
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栄養学の歴史からみると18世紀後半では餓死から逃れるのが健康であった。第2期の19世紀はマクロの栄養学で、三大栄養素の摂取が重要な時期であった。第4期の現在は、過剰栄養がもたらす糖尿病、動脈硬化、心臓病などの生活習慣病が重要になってきた。これらの疾患には栄養を無視した医療が成り立たないことは明らかであり、薬物療法も手術も患者の栄養状態により結果が異なることは、医師なら誰でも知っているはずである。しかし、医学教育の中で栄養学はわずかに取り扱われているにすぎない。
このような栄養学教育に危機感を抱いた日本医科大学大学院教授の折茂英生先生らが、「研修医・医学生のための 症例で学ぶ栄養学」(建帛社刊)を出版され安心した次第である。
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縁あって管理栄養士養成大学で教鞭をとって久しいが、医学生、研修医はもちろんのこと、多くの医師たちに関心を持っていただけることを期待する。
「飯が美味くなったら病気は治る」
「栄養を無視した医療は成り立たない」