日本で最初の脊髄損傷患者を専門に扱った国立療養所で、不慮の事故による頚髄損傷(頚損)患者I君から投げかけられた何でもない一言であった。「私なら普通に指を伸ばしますよ」。指を握ってバイバイをした親戚の子の何気ないしぐさに「私の真似をしたんですね」と、淋しがっていた。
人はすべて同じではないことを知らされた瞬間で、残された機能が少ない人にとってそれ以上機能を失うことは絶対に避けなければいけない。今まで何の疑いもなく受け容れてきた教科書や参考書を見直すきっかけとなった。頚損患者の食事動作と、自力でのベッドと車椅子間での移乗の可否を残存機能から分析し、上肢の機能再建に取り組んだ時代でもあった。
顔にかかった布団を自分で、はねのけることのできない頚損患者のK君は、「夜が来るのが怖い」と言っていた。30年ぶりに来院し、腕の動きを見せながら「私は非常に助かっています。どうしてもっと普及しないんでしょうかね」と機能再建術を受けたことに感謝してくれた。医者として感無量である。
大学の都合で38歳の時、公立病院に赴任した。外傷に対する従来の治療法では拘縮を残すことが問題であった。癒着(拘縮)を防止するための早期運動療法の大切さを痛感し、いくつかの治療上の工夫を学会で報告した。その中のひとつ、マレット骨折に対するclosed reduction(石黒法)は世界のゴールドスタンダードとなっている。
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