世界各国が,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)とインフルエンザの同時流行を警戒している。英国政府は,今年のインフルエンザは早期に流行が始まり,昨年流行がなかったために例年の1.5倍の大きな流行になる可能性を指摘して,インフルエンザワクチン接種を呼びかけている1)。
今年の冬にインフルエンザの流行が出現し,その時点でSARS-CoV-2も同時に流行すると,臨床現場は今までになく混乱する。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの接種が進んで,ワクチンによる高い発病防止効果があっても,感染力の強いデルタ株が大勢を占めるので,COVID-19ワクチン接種済みの患者でも発熱や咳嗽などがあれば,COVID-19発病の可能性を否定できない。症状では,インフルエンザとCOVID-19の鑑別はできないからである。
インフルエンザが流行するようになれば,一般の病院やクリニックが発熱患者の診療を積極的に引き受ける必要がある。インフルエンザ患者数は小流行であっても,COVID-19患者数の数十倍となるので,現状の発熱外来にインフルエンザ診療も任せることは不可能である。インフルエンザ患者数は,小流行でも全国で600万人は発生するが,もしも英国の予測のように,日本でも例年の50%増しとなれば,1200万人以上の大流行となる1)。一方,COVID-19患者は昨年以来の総数でも,151万人にすぎない(2021年9月1日時点,Our World in Data)。
日本では,COVID-19流行当初から,検査(PCR検査や抗原検査)拡充が叫ばれてきた。しかし,PCR検査数では,わが国は世界に後れをとってきた。最近になって,PCR検査数は増加したが,COVID-19抗原検査の普及は遅れている。一方,多くの国で,抗原検査が広く使用されるようになった。
抗原検査は,“インフルエンザ迅速診断”と同じイムノクロマト法を用いるので,実際には“COVID-19迅速診断”である。PCR検査と比較して,抗原検査の感度は,発症早期の有症状患者では70〜90%前後,特異度は95〜100%と思われる。感染性のある患者を,早期に発見して隔離し,感染拡大を防止するという目的であれば,十分な性能と考えられる。
日本でも,数社からCOVID-19抗原検査キットが発売され,大量に供給できる体制は確立している。日本の抗原検査キットは,欧米と比較して感度は高いとされ,しかもそれらの多くは,インフルエンザと共通の検体採取液を使用できる。つまり,1つの検体で,インフルエンザとCOVID-19,両方の検査が可能ということである。
なお欧州諸国では,小児は登校前,成人では出勤前に,自分で抗原検査をすることが勧奨されている。しかし,現状の日本で,医師の指導がなく自己検査を実施すれば,誤診断や感染拡大など混乱をまねく危険性があるので,慎重な対応が必要である2)。日本でインフルエンザ迅速診断に高い信頼性があるのは,医師が実施してきたからである。
日本では,2019/20年のシーズンは,A(H1N1)pdm09とB/Victoriaの流行であったが,2020年11~12週で流行は中断し,その後,SARS-CoV-2の流行に移行した。インフルエンザの流行の中断は,北半球諸国に共通した現象であった。また,インフルエンザだけでなく,他の呼吸器ウイルスやRSウイルスなどの検出も,2020年は世界的に減少した。
2020年3月以降,北半球諸国の季節性インフルエンザの流行は止まり,また同年7月からの南半球諸国での流行もなかった。さらに,SARS-CoV-2との同時流行が懸念された2020/21年のシーズンも,北半球ではインフルエンザの流行はなかった3)。今のところ,オーストラリアなど南半球での流行もほとんどない4)。インフルエンザの歴史の中で,季節性インフルエンザの流行が突然消滅したことは,新型インフルエンザ出現時以外は記録されていない。
インフルエンザの流行が消滅した主要な原因は,COVID-19対策として実施された,マスク,手洗い,social distancingなどの公衆衛生的対策(non-pharmaceutical intervention:NPI)と出入国制限,検疫であると,世界の専門家は考えている1)。
SARS-CoV-2の出現により,一見,インフルエンザウイルスが世界から姿を消したように見え,国内の一部でも「インフルエンザはもう心配ない。ワクチンの必要性もない」などの意見も出ている。しかし,インフルエンザウイルスが消滅したわけではない。
2020年3月以降も,世界の熱帯や亜熱帯地域では季節性インフルエンザの流行は続いているのだが,日本ではそのことが見逃されている(図1)。アジア地域では,バングラデシュ,インド,パキスタンなどで,A(H1N1)pdm09,A香港型(H3N2),B/Victoriaウイルスが検出されている5)6)。
熱帯や亜熱帯でインフルエンザの流行が続いた理由として,以下の点が考えられる6)。他の地域と比べ,SARS-CoV-2の流行が初期には小規模だったために,
①出入国制限などの実施が不十分だった
②マスクなど,NPIの実施も十分でなかった
③インフルエンザワクチン接種が実施されず,社会全体のインフルエンザに対する免疫が低かった
また,最近では,SARS-CoV-2の流行がおさまったインドで,A香港型の大きな流行が起きていることが注目されている(図1)。今後,国境を越える人の移動が再開されることになれば,これらの地域から世界へ,インフルエンザが容易に拡散されることが懸念される。
南半球でも北半球でも,温帯地域では季節性インフルエンザの流行がなかったので,人々のインフルエンザに対する免疫は低下している。そのため,インフルエンザが出れば,流行は大規模なものとなる危険性がある。
日本のインフルエンザワクチンの推定接種者数は,2019/20年が5650万人であった。SARS-CoV-2とインフルエンザの同時流行が懸念された昨年は6641万人と,接種者数は大幅に増加した。今年は,同時流行の可能性が一段と高まっているので,インフルエンザワクチン接種は重要である。これは,COVID-19との同時流行による混乱を避けるための対策でもある。
しかし,今シーズンは,SARS-CoV-2の流行に伴うワクチン製造用資材の世界的な不足やワクチン製造過程でA香港株の収量が低下したために,ワクチン供給量は2600万本程度となり(5200万回接種),昨シーズンの3342万本(6684万回接種)から20%前後減少する見込みという。
現在,COVID-19ワクチンとインフルエンザワクチンの接種は,2週間以上間隔をあけることとされているが,欧米各国ではインフルエンザワクチンの接種率を上げるために,同時接種を認める方向である1)7)。
今後,多くの国で,旅行や移動の制限が解除され,同時にNPIも緩和されることになる。それに伴い,インフルエンザが日本にも持ち込まれる可能性は高い。バングラデシュ,インド,パキスタン,ネパールなど,日本と密接な関係にある諸国で,現在インフルエンザが流行しているからである。
最近,季節外れのRSウイルスの流行が日本各地で起きたが,これは海外からのウイルスの持ち込みが原因と思われる。各国の出入国制限は,SARS-CoV-2検出を目的としており,RSウイルスやインフルエンザはフリーパスである。また,昨年RSウイルスが日本でまったく流行せず,低年齢小児の免疫が低下していたことも,流行拡大の原因である。
海外からインフルエンザが持ち込まれることになれば,早期に大規模なインフルエンザの流行を生じる危険性があることは,RSウイルスの流行をみれば明らかである。インフルエンザワクチンは,合併症を持つ高齢者でも重症化による入院防止効果があり8),低年齢小児では高い発症防止効果があるので9),今季のワクチン接種は特に重要となる。なお,インフルエンザとCOVID-19の同時感染は重症化することも報告されている10)。
【文献】
1)GOV.UK:JCVI interim advice, potential COVID-19 booster vaccine programme winter 2021 to 2022. June 30, 2021.
[https://www.gov.uk/government/publications/jcvi-interim-advice-on-a-potential-coronavirus-covid-19-booster-vaccine-programme-for-winter-2021-to-2022/jcvi-interim-advice-potential-covid-19-booster-vaccine-programme-winter-2021-to-2022]
2)文部科学省初等中等教育局・厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部:小学校および中学校等における抗原簡易キットの活用の手引き. 2021.
[https://www.mext.go.jp/content/20210831-mxt_kouhou02-000017778_2.pdf]
3)菅谷憲夫:医事新報. 2020;5021:36-9.
4)World Health Organization:FluNet. 2021. [https://www.who.int/tools/flunet]
5)Laurie KL, et al:Influenza Other Respir Viruses. 2021;15(5):573-6.
6)World Health Organization:Review of global influenza circulation, late 2019 to 2020, and the impact of the COVID-19 pandemic on influenza circulation. June 25, 2021. [https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/341994/WER9625-eng-fre.pdf]
7)Grohskopf LA, et al:MMWR Recomm Rep. 2021;70(5):1-28.
8)Seki Y, et al:J Infect Chemother. 2018;24(11):873-80.
9)Sugaya N, et al:Vaccine. 2018;36(8):1063-71.
10)Stowe J, et al:Int J Epidemiol. 2021;50(4):1124-33.