毎年春になると枇杷が届く。整然と箱の中に並べられた枇杷は、綺麗な橙色で表面は肌触りが良く、桃肌ならぬ枇杷肌だ。
後期研修の頃、在宅医療に携わっていた。その人は80歳代の男性で、笑顔が素敵な穏やかな方だった。末期の癌で、もうすでに足腰は立たなくなっていたが、座っている姿から大柄で背が高いことがわかった。
何度か訪問するうちに、「温泉に行きたい」という希望を聞いた。私は「よし、行きましょう」と返事をした。
ある休日、自家用車で家まで迎えに行った。玄関先から背負って階段を降り、車に乗せた。初夏の晴れた暑い日だった。山に入ると木洩れ日が眩しかった。
山の中の温泉センターに着いた。車椅子を借りてスロープを上がり、奥様と別れた後、2人で男風呂の暖簾をくぐった。私はその人を椅子に座らせ、「ありがとう」と言われながら服を脱がせ、露天風呂まで背負った。素っ裸でおんぶした2人の姿は、周囲の目を引いた。やわらかな風を感じながら、温かい湯に浸かった。その人はいつ以来の温泉だっただろう。半身浴をしながら「気持ちがいい」と笑顔で言った。
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