これは医師になって10年目頃、前任地の天理よろづ相談所病院で経験した症例である。ある日、外科医から、転送されてくる重症の皮膚感染症のケースがあるので一緒に診てくれないか、と声をかけられた。
60歳代、男性。5日前より右手第5指の疼痛が出現。その後数日で病変・疼痛範囲が一気に肘関節まで広がり、治療に反応せず。隣県の病院からヘリコプターで当院へ搬送、という経過とのこと。
ベッドサイドを訪れると、写真のような所見であり、明らかに重篤な軟部組織感染症であった。職業は漁師。アルコール多飲歴があり、データでは肝硬変を示す所見がみとめられていた。急速に進行する軟部組織感染症、海水への曝露、肝硬変……。当時、感染症診療の研修はまったく不十分で、私は新設のICTに任命されたこともあって、出版されたばかりの青木眞先生著「レジデントのための感染症診療マニュアル」をぼちぼち読みながら改めて勉強していたのだが、その一節に肝硬変患者、海水曝露では急速に進行するVibrio vulnificus感染症に注意する、という記述があり、これではないか!と直感した。
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