新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界的にも収束の時期が見えない。筆者は医学・医療関連の広報に関わる者である。病気と共存する日々、私達は正しい健康情報をどのように得ればよいのだろうか? 昨年度生活した英国から帰国するにあたり、市民がどのように健康情報を入手するかについて身近な人々にヒアリングした。
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まず、英国内で医科学分野の広報に関わる約30名に「医薬品情報を得るために市民がよく利用するホームページは何か?」と尋ねた結果は表1の通りであった。科学的確証を得るためにまず国民保健サービス(National Health Service:NHS)、次にチャリティーのホームページを調べるとのことであった。
チャリティーとは慈善事業を意味し、患者や一般向けの疾患啓発等を目的とした団体ではCancer Research UK1)、British Heart Foundation2)などがある。これらのページでは治療の観点から、専門的・学術的な内容を患者や一般向けにやさしい言葉で解説している。
例としてBritish Heart Foundationのホームページ2)を調べてみると、循環器疾患の症状、危険因子などについてエビデンスをもとにわかりやすく解説されている。疾患や治療の解説のみならず、このページでは多様なアプローチによる市民や患者への寄り添いが感じられる。たとえばHeart Helplineに電話をかければ、循環器専門ナースが待機しており、医学的な相談や病気に関する助言を得ることができる。Online Communityという欄ではメンバー登録をすれば循環器に関する治療などについてネット上で質問や投稿ができ、類似の経験をした患者やナース等の医療者がコメントするシステムである。ホームページ上では、自分の地域の病院、リハビリテーションセンター、患者会、中古ショップなどを検索することもできる。中古ショップとは、チャリティーが運営するショップで、商業地区においてよく見かける。古着、中古の品物(家具、家庭用品、本など)が売られており、売上金はチャリティーの運営資金となる3)。このチャリティーは循環器疾患関連の情報源となり英国全体をネットワークでつないでいるが、個々の地域でのサービスも行っている。
日本では製薬企業が自社ホームページに患者向けの情報を掲載していることが多いが、英国では規制により4)、製薬企業から市民・患者に向けた啓発や宣伝はできない。ホームページ上では、自社製品に関わる病態の説明と治療の機序、薬剤開発の経緯などについて書かれたパターンが多い。日本の製薬企業のホームページに比べて、ビジネスとしてのステークホルダー向けの内容が多い。病態の説明も市民向けには難解と感じられる。
次に、「どの媒体の健康情報を信じるか?」について、筆者周辺の英国人数名に聞いてみた。医薬品も含めた健康情報の入手元は薬局、General Practitioner(GP、いわゆるかかりつけ医)、ホームページ上の情報、プライベートドクターであった(表2)。
薬局は手軽な場所にあり行きやすい、薬剤師の説明はわかりやすい。
GPは医学的に一番信頼できる、患者の病態や既往を把握して治療方法を検討してくれる、という点が特徴であった。
ホームページはNHSやチャリティー、メディカルジャーナル、学会などエビデンスベースドで制作される学術的なものが挙げられた。個人のブログやTwitter、Facebookは内容が医学的に信用できないので参考にしない。
テレビ、ラジオも制作者の医学的知識やエビデンスの解釈が正しいかどうかわからないので信用できない。新聞は政治的な思想が記事に影響するため一紙の情報のみを信じるのは危険、との解釈であった。中立派とされる新聞紙面は大人しく穏やかな傾向であるが、左派では現在の労働党・ジョンソン首相の方策に疑問を呈する辛口の論調が多い(図1)。
薬局について、筆者が英国滞在中にインフルエンザのワクチンを受けた経験では、薬剤師による接種前のインフォームドコンセントは明確でわかりやすい印象であった。薬剤の説明、どのように打つか、投与後の効果や副反応の可能性について書類が配布され、口頭でも詳しく説明された。親切な対応に安心した。
大手薬局ではNHSと連係して薬の処方および、病気や医薬品に関する情報提供を行っているところもある。スタッフは接遇の訓練を受けているため、消費者から寄せられる意見、医療や体調に関する相談、疑問、不満も含めた様々な対応に慣れている。
GPは最初の登録と受診希望時の予約には手間取る。受診はほぼいつでも予約待ちであるため、数日から1週間程度待たなければならないことはネックである。軽い症状であれば待機中に回復する例も多いため、市民はGPを予約せずに薬局で薬剤師に病状を相談して市販薬を購入し、自己経過観察する場合が多い。
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今回のヒアリング対象は筆者の近隣住民のほか、医科学系広報担当者、大学の研究者、学生などであり、比較的、健康への関心の高い人々であった。すべての英国民が同様とは限らないが、対象者は確証のあるエビデンスを求めて情報源や媒体を選んでいた。かかりつけ医、チャリティー、薬局などが地域における健康情報の発信拠点として機能している。どの国においても市民が正しい情報を入手し、生活習慣をつくりあげていくことが健康の維持につながると思われる。
【文献】
1)Cancer Research UK:[https://www.cancer researchuk.org/](2021年7月19日アクセス).
2)British Heart Foundation:[https://www.bhf.org.uk/](2021年7月19日アクセス).
3)British Heart Foundation Shop:[https://www.bhf.org.uk/shop](2021年7月19日アクセス).
4)The Association of the British Pharmaceutical Industry:[https://www.abpi.org.uk/our-ethics/ abpi-code-of-practice/#e910ade3](2021年7月19日アクセス).